that passion once again

日々の気づき。ディスク・レビューや映画・読書レビューなどなど。スローペースで更新。

【dele #8】削除と附与

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『dele (ディーリー)』

第8話(最終回)

監督:常廣丈太

脚本:本多孝好

 

いいドラマだった。

そう思う。

でも、なんだろう。

最後にやっちまった感が残る。

何をやっちまったんだろう?

たぶん、あれだ。

たぶんね。

 

第1話「横領事件」

第2話「生前葬

第3話「公安」

第4話「超能力」

第5話「同性愛」

第6話「いじめ」

第7話「冤罪」

第8話「薬害」

各話のテーマをこうして並べてみるとケイと祐太郎くんの人生が見えてきます。うん、見えてはくるのですが、その反面、オカズにされた問題たちが深刻すぎて、それを上辺だけ掬ったようになってしまっているのです。

前々から事件の核心を語らないドラマだとは思っていましたが、それはあえて "語らなかった" わけではなく "語れなかった" のです。それが今回わかりました。なぜ語れないのか。わからないから。理解できないから。というよりも、僕と同じように単にググっただけで知った気になっていたから。うん、わかったつもりでいても、結局、こうなんだよね。

浅はかだな...。

 

第6話の「いじめ」の時にも思いましたが、今回の「薬害問題」も、古沢氏脚本の『リーガル・ハイ』と比べてしまうと、『ディーリー』はどうにもこうにも正々堂々と正面から戦ってないんですよね。戦うように見えて小手先に逃げてしまう。いや、物事を見る視点が偏りすぎている。もちろん、他の視点も見ているんだろうけど、それを混ぜてしまうと収拾がつかなくなるから、あえて見ないことにしている。この目をつむってしまっている所が春樹チルドレンと呼ばれる所以でもあるんだろうなぁ...。

もちろん『リーガル・ハイ』は弁護と検察という対局する同士が戦うドラマなので、どうしてもテーマに対して正面から向き合い、いろんな視点の中から主人公としての答えを導き出していかなければならない所はあります。それを毒を喰らわば皿までと、酸いも甘いも腹に落とし込んで、とりあえずゲラゲラ笑っていたのが古美門研介という男でした。

そういう視点で見ると、祐太郎くんがただただ被害者として怒りをぶちかまし、被害者として無力感に捕らわれ、被害者として周囲に "優しさ爆弾" をバラ撒いているのは至極当然の姿だとは思います。しかし、"物語" が祐太郎くんに寄り添ってはいけないと思うのです。"物語" はあくまでも祐太郎くんを通して僕たちが生きているこの "世界" を描くべきなのです。

期待していた最終回ですが、結果として、祐太郎くんの復讐劇で終わってしまいました。ムカツクあの野郎をとっちめてやった。はあ、スッキリした。さ、ゼロから始めようぜ!

 

マジか?

マスかいただけじゃねえか!

 

たぶん、こういうところが小説とドラマや映画の違うところなのかもしれません。もしかしたら、本多脚本はもっと違うエンディングが描かれていたのかもしれない。しかし、映像作品を総合的に作り上げていくのが監督さんです。監督さんが、このエンディングは違うっ!と思えば、簡単に書き換えられてしまうのかもしれません。というか、そう思いたい。あの『正義のミカタ』や『at HOME』で幾重もの視点から現代の救いを導き出していた本多作品がこれとは思いたくないのです。本当に『ストレイヤーズ・クロニクル』で勘が鈍ってしまったのか?集英社なんかで中二病をこじらせた少年マンガの原作みたいなものを書いちゃうから、こうなっちゃうんだよ(泣)

 

ケイが笑った!とか、

舞姉さんの色気がヤバすぎ!とか、

麿 赤兒さん、ラスボス感ハンパない!とか、

なんだかんだ言いながら楽しかったです。

楽しかったんですけど、

マスはかいちゃいけません。

そういうことはこっそりやってください。

【dele #7】猜疑と拠所

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『dele (ディーリー)』

第7話「死刑囚の告白」

監督:常廣丈太

脚本:徳永富彦

 

巷では「結局、犯人は誰なんだ?」とモヤモヤしてる人が多発しているようですが、そんなモヤモヤを解消するため、今さらのように5年前の未遂事件を引き出して、犯人に祀り上げられてしまったのが今回の笹本清一だったと言えます。物的証拠もなく、地域住民の証言だけで死刑判決が下され、8年間、ひたすら無実を訴えても棄却され続け、挙句の果てには死刑が執行されてしまう。世間的にはこれで事件は解決、悪者は始末された、とスッキリしているのが現状だと。やっぱり犯人はあいつだった。めでたし、めでたし。しかし、裏を返すと、5年前の未遂事件で被害者は一命を取り留めており、今回の毒物混入事件が冤罪だとしたなら、笹本清一という男は誰一人殺してもいないのに死刑が執行されたことになります。それに対して祐太郎くんは「すっげえ、気持ち悪い!」と吐き捨てます。ホンット、このドラマいいですね。

 

ミステリーという性質上、どうしても誰が真犯人なのかを考えたくなります。ドラマを見てパッと思いつくのが下記の4点。

①「余所から来た」と女の子が言っていたからやっぱり笹本隆が真犯人。小瓶には処方された薬を入れていたと父親が言っていたのは嘘で、あれが青酸だった。

②最後に笑っていた5人が共謀してそれぞれのターゲットを殺害した。その様子をスマホで撮影していた笹本隆は女の子に「飲むと死んじゃうよ」と忠告した。

③女の子にジュースを飲むように勧めたおばちゃんが真犯人。上記の5人の裏事情を知り、それぞれのターゲットに致死量の青酸入りジュースを当時配り歩いた。

④笹本隆を自殺に見せかけて殺害した13年前の未遂事件の被害者が真犯人。あえて犯人を登場させず、物語の裏で物語が流れているというのが狙い。

こんな風に、あいつが怪しいとか、あの時のあの言動が裏付けだとか、そういえばあの時こんなLINEをしていたとか、いろいろ疑うその "猜疑心" が今回のテーマだったと言えます。それをミステリーという道具を使って視聴者をうまくミスリードした徳永脚本が秀逸だったと。

 

では、今回の物語に登場した人物たち、それぞれに焦点を当ててみます。

 

◆笹本清一(自称・派遣社員

2005年、自身が経営していたメッキ工場が倒産寸前になり、従業員である一人の工員に青酸を飲ませ保険金をだまし取ろうとするが未遂に終わる。殺人未遂として懲役5年の実刑判決を受け、出所後、児童施設に預けられていた息子の隆を引き取り、埼玉県川本市に移り住む。2010年8月、町のバザー会場で発生した毒物混入事件の容疑者として逮捕され、取り調べに対して犯行を自供する。しかし、裁判が始まると無罪を主張し、一審では証拠不十分として無罪判決になるが、検察側の控訴による二審で逆転有罪になり死刑判決が下される。弁護側が上告するも最高裁がそれを棄却し、2018年、刑が執行される。享年53才。

【猜疑的解釈】

物語で語られていたように自身の身を守るためなら従業員を殺害してでも生き延びようとする卑劣な男として見ることができる。舞さんも面会した後「信用できる人間かどうか正直わからなかった」と語っている。人を威圧するところがあり、マスコミに対して暴力を振るう様子が撮影されていることからも、前科者として世間から蔑まされていた腹いせに犯行に及んだと解釈することができる。

【拠所的解釈】

そもそも従業員殺害未遂の犯行が笹本ではなく、役員など笹本の部下による犯行だった場合、部下の罪を被って自らが実刑判決を受けた可能性もある。今回のバザー毒物混入事件も、息子の隆の犯行だと知り、息子の罪を被る為、同じように犯行を自供したのかもしれない。しかし、前科者だと罵られ、世間からの冷たい視線に怒りを覚えた笹本は、裁判になると町の住民たちのせいだと語り始めた。息子が罪を犯すまでに追い詰めた町の住民たちが悪いのだと。

 

◆上野兼人(レストラン経営)

南鳩山にあるレストラン「ビストロ・プルミエ」の店主。定番メニューはハンバーグ。妻の成美、母の美奈子と暮らしている。8年前の毒物混入事件で娘の幸子(当時5才)を亡くす。穏やかで人当たりが良い。レストランは町内会の会合に利用され、ある日、市議会議員の宮川新次郎が土木会社社長の中山剛から談合を持ちかけられている姿を目撃する。また、その市議会議員の宮川と妻の成美が不倫の関係であることを知り、2010年頃には二人の様子を密かに撮影していた。8年前の事件当日、母に娘を預けていたと語っているが、事件が起きたバザー会場に上野の車が駐車されている様子が撮影されており、サイドミラーが折りたたまれていなかったことから、事件が起きるまで車内に隠れていた疑いがある。

【猜疑的解釈】

妻の不貞をことごとく追い掛け回し撮影していることから陰湿な性格の持ち主なのかもしれないということ、またその写真を利用して市議会議員の宮川を脅していた可能性もある。妻の成美と宮川の不倫がいつから始まったのかは描かれていないが、仮に娘の幸子の父親が宮川であったなら、その関係を終わらせるため、あえて娘の命を奪ったと解釈することもできる。その結果、母親の痴呆が始まり、介護に追われる妻の姿に今では満足している。最後の笑顔は8年前の事件で今の地位を築いたことへの優越感でもあると。

【拠所的解釈】

8年前の事件が起きるまでは妻の不貞に嫉妬し、バザー会場に車を乗り付け見張っていたりもしたが、娘を亡くしたことをきっかけに夫婦仲が戻ったと解釈することもできる。事件を契機に妻と宮川の関係も終焉し、8年の月日が経ったことで、今ではお互いに笑って話せるまでになった。

 

◆和田保(小売店経営)

南鳩山にある食料雑貨店「和田商店」の店主。未婚。上野と同じように表面上は人当たりが良いが、一旦ブチ切れると途端に暴力的になる。近くのアパートで病気がちの母親と暮らしていたが、8年前の事件でその母親を亡くす。店を訪れた祐太郎には8年前のバザー会場には行ってなかったと証言するが、隆が撮影していた映像には会場の準備を手伝う姿が映っていた。また、母親の介護に苛立ち、日常的に家庭内暴力をふるっていた様子も撮影されている。

【猜疑的解釈】

町の小売店を経営していることから町内会の会合に彼も出席していた可能性は十分にあり、そこで宮川や上野と裏で結託し、8年前の事件に関与した疑いがある。未婚である理由も母親の介護に携わっていたからだと決めつけ、人生を母親に奪われたと憤っていると解釈することもできる。地主である宮川から土地を借りていると語っていたが、ラストの仲睦まじい姿は、どちらかと言うとリーダー的存在の宮川とつるむ昔ながらの悪友のようにも見受けられる。

【拠所的解釈】

母親の介護に疲弊し、家庭内暴力をふるっていた事実はあるが、それも8年前のことである。小売店の経営という決して稼ぎが良い状況ではない上に、痴呆を患った母親は上野の母親と同じように商品を勝手に開封したりと、病院の治療費の他にも金銭的に和田を圧迫していた可能性もある。8年前の事件で母親を亡くすことにより、介護からは解放され、保険金が入ったことにより金銭面でも余裕が生まれた。それでも上野の母親への態度から垣間見えるのは、過去の母親の姿を目の前にすると咄嗟に暴力的な態度に出てしまうという、その介護生活が相当のトラウマになっていることである。8年ぶりの町内会バザーへの参加は、そんなトラウマから抜け出す第一歩であると解釈することもできる。

 

◆宮川新次郎(市議会議員)

川本市の市議会議員であり、南鳩山の地主。妻と娘の茜と暮らしている。世間的には町おこしに熱心な人物として人望を集めているが、市議会に出馬した際、地元の有力企業である土木会社社長の中山剛の力を借りて、票を買収していた疑いがある。また、隆が撮影していた映像には、事件の核になるウォータークーラーに不審な粉末を混入していた姿が映っていたが、本人は「ジュースの粉末を入れただけ」と事件への関与を否定した。上野の妻である成美と不倫の関係にあり、その姿を夫の上野や娘の茜に目撃されるなど脇が甘いところがある。

【猜疑的解釈】

長いものには巻かれ、不倫現場がことごとく目撃されていることから、相当な跡取りお坊ちゃんであることは否めない。中山からの圧力、上野からの圧力から解放されるため、ちょうど町に引っ越してきた笹本親子に目をつけ、毒物混入を企てた可能性がある。ジュースの粉末に青酸を紛れ込ませばウォータークーラーに毒物を混入させることが可能で、その結果28名もの町民がその被害にあってしまう。しかし、本当に殺害したい人物には致死量の毒が入ったジュースを渡しており、そのターゲットが土木会社社長の中山と、上野から指示された不倫でできた子供である幸子であった。上野はその行動を監視するためにバザー会場に駐車した車内で宮川を見張り、和田はこの計画を聞きつけ、どさくさに紛れて自分の母親を殺害した。

【拠所的解釈】

市議会に出馬したのは土木会社社長の中山の策略であり、本人は至ってあけっぴろげな不倫に興じているおとぼけ君である可能性もある。ウォータークーラーに入れていた粉末は、本人が言うように本当にジュースの粉末であったが、疑われてもおかしくない行動をわざわざしてしまうところが、宮川のおとぼけ具合を助長している。議員でありながら不倫に興じているのがバレバレなところも然り。事件によって偶発的に中山が死亡すると、カセが外れ、この南鳩山を住みやすい町にしよう!と、これまたお坊ちゃん的な発想で能天気な献身愛を発揮する。根は素直で良い男だが、周りから持ち上げてもらわないと何もできないお坊ちゃん気質は、ある意味、今回の事件をひっかき回した張本人とも言える。

 

◆宮川茜

宮川新次郎の娘。詮索好きで、自宅を訪れたケイに興味を抱く。8年前に方々で撮影をしていた笹本隆を目撃し、ケイに「なんか気持ち悪かった」とつぶやく。父親が車中で浮気をしている現場を目撃し、8年前の事件の首謀者は父親ではないかと疑いを抱く。隆が撮影していた動画の中に売人とドラッグの取引をしていた姿が映っていた。ケイに突然キスをしたかと思うと、次には平手打ちを喰らわすなど、父親に似て自己中心的な典型的なお嬢様気質であることが伺える。

【猜疑的解釈】

ケイが疑いの眼差しを寄せたように、売人との間でトラブルが発生していたとしたなら、もともとの詮索好きが高じて父親の毒物混入計画を知り、和田と同じようにどさくさに紛れて売人を殺害した可能性がある。世間的には仲睦まじい議員の父親とその娘を演じてはいるが、腹の中では何を企んでいるのかわからないところがある。

【拠所的解釈】

父親と同じで根は素直で良い娘である。偶然に父親の浮気現場を目撃してしまったこと、本人が使用していたかどうかは定かではないが、ドラッグの売人と関係があったことなども、父親と同じで世間的な立場を考えないうかつでおとぼけなキャラであるとも言える。見た目は地主という育ちの良さを醸し出しているが、無邪気ですっとぼけているところは、宮川家の血筋なのかもしれない。

 

と、このように毒物混入事件で死亡した4人の被害者にまつわる人物たちには、どちらとも意味が汲み取れるダブルミーニングが用意されています。これらをどちらの視点で世界を覗き見るかで、その見え方は変わってくるのです。そして "猜疑的" な世界はケイの視点、"拠所的" な世界は祐太郎くんの視点で描かれているところも秀逸なのです。

ケイの視点で世界を覗き見てみると、毒物混入事件は宮川を中心にそれぞれがターゲットを殺害したというのが真相であり、笹本親子は無実の罪を背負わされてこの世界から去って行ったことになります。しかし、今さらそんな真相を世間に訴えたところで世界が変わるとはケイは思っていません。消したいと思うなら消せばいい、ない事にしたいならない事にすればいい、オレはそれにほんのちょっとだけ手助けをしているだけ。これがケイのスタンスになります。

祐太郎くんの視点で世界を見ると、世間からの蔑みに耐えかねた笹本隆が、町民への報復のために事件を起こしたというのが真相になります。13年も前から犯罪者の息子として世間から蔑まされ、学校ではいじめられ、母親は過労と心労で死亡、児童施設に預けられても犯罪者の息子という蔑みの視線は変わりませんでした。耐えに耐えかねて毒物混入事件で町民へ報復するのですが、その結果、自分の思いとは裏腹に、父親はマスコミのターゲットにされた挙句、逮捕からの死刑判決を下され、事件で死亡した4人は報復するはずだった町民たちを却ってトラブルから救い出すことになってしまった。事の真相を知っていた父親は息子の身代わりであり、8年もの間、これは町の人間たちのせいだと訴え続けた。その声を聞きながら隆もひっそりと生き続けたが、父親の刑が執行される頃を見計らって、まるで足並みを揃えるように自殺をした。そんな悲しい世界が祐太郎くんには見えているようです。そして、祐太郎くんも、隆と同じように悲しい世界を見てきた青年なのかもしれません。

 

いよいよ来週は最終回だそうです。

ケイと祐太郎くんの過去がとうとう明らかになりそうです。

その結末が笹本隆と同じように悲しい世界でないことを願っています。

【dele #6】純心と絶望

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『dele (ディーリー)』

第6話「雪原に埋まる少女の死体と消された日記」

監督:常廣丈太

脚本:金城一紀

 

からあげ。

からあげ。

からあげ。

どうやらケイはチャキチャキな江戸っ子なようです。てやんでい。

 

第1話の地下通路の逃亡劇、第3話の寂れた港町の商店街、第4話の奥深い森の光と影、第5話のゴムで髪を束ねる後姿など、毎回毎回ハッとするような絵を魅せてくれるこのドラマですが、今回はその極致とも言える絵でストーリーが始まりました。

"生きていた時より美しく華麗に死ぬ方法はただ一つ、あの死に方しかない。あの澄んで冷え冷えとした死"

阿寒湖の畔で自死した初恋の人を想いながら綴った渡辺淳一氏の初期傑作『阿寒に果つ』と同じように、"純子" と名付けられた14才の少女は長野県の山奥でひとり雪の果てへと旅立っていきました。その姿がハッとするほど美しいのです。

もちろん死を賛美するわけではありませんが、時として、死は美しく魅力的な姿として僕たちの目の前に現れることがあります。いじめに悩む学生だけではなく、大人になったって、イヤな仕事や会社の人間関係に悩む時は、今にも大地震でも来てなにもかもうっちゃらないかなぁなんて思う時があります。近寄ってくる電車の姿を見て、飛び跳ねちまえば一瞬で楽になるのかなぁなんて想いながら、結局、満員電車に揺られて鬱屈するだけみたいな。誰だってしんどい時はしんどいんです。そんな時に "死" って奴は、まるで宝くじが当たるみたいに人生を一変させる魅力的なものとして目の前に現れます。でも、その先に未来はない。未来は生きていないと変えられないのです。まあ、しんどいですけど、筋トレみたいなもんだと割り切って、過剰な負荷の後にはそれなりの筋力がつくのだと思って僕は生きてます。

 

まあ、僕の死生観なんかどうでもいいですけど、今回の金城脚本、なかなかに "死" というものを考えさせられるストーリーでした。冒頭の祐太郎くんの「因果な商売だよね。人が死ぬのをじっと待ってなきゃいけないなんてさ」というセリフに反発するように "生" を求めた回でもあるのかなと思います。死んで消えるより、生きて足跡を残せと。ケイは轍だけどね。

でも、時間軸がイマイチわかりにくかったと思います。

◆半年前に家出した少女。

◆自殺する3ヶ月ほど前から学校を休みがち。

普通にドラマを見ていると上記の2点だけが語られ、なんとなく半年前に自殺したんだろうなぐらいしかイメージできません。そこで舞姉さんが見せてくれたネットニュースを細かく見てみます。

 

「家出の女子中学生 遺体で発見」

4月29日 12時25分

昨年12月22日から行方不明となっていた家出中の女子中学生が28日午前9時、長野県諏訪群富士見町立沢で遺体で見つかった。死因は凍死だった。

遺体で見つかったのは東京都渋谷区の石森純子さん(14)。石森さんは昨年の12月22日、渋谷区の自宅から家を出たまま、行方が分からなくなっていた。警察によると、28日午前9時前、長野県諏訪郡富士見町立沢の別荘地にある石森家の別荘を捜索にあたった男性巡査が、同敷地内で倒れている石森さんを発見。発見時、石森さんは全身のほとんどが雪に埋もれた状態で、その後、死亡が確認された。検視の結果、死因は低体温症による凍死だった。石森さんは赤いダッフルコートを着用していたが、その後マフラーが別荘近くの路上で発見されている。

警察は、石森さんに外傷はなく、別荘が荒らされた形跡もないことから、第三者が関与した可能性が薄いとして石森さんが自殺した可能性が高いとの見方を強めている。

 

このニュースから読み解ける時間軸としては、

◆昨年の春頃に純子ちゃんと彼氏(田辺くん)の交際がスタート

◆昨年の夏休みに純子ちゃんと田辺くんが別れる

◆昨年の9月頃に優菜ちゃんが田辺くんと付き合い始める

◆それを見て傷つき嫉妬した彼女は9月22日に最後の日記

◆翌日からホワイトデイジーのハンドルネームでSNSに投稿

◆10月26日にtapir030623から返信あり、やり取りを始める

◆11月7日、tapir030623が「世界の汚さを見せる」と投稿

◆12月5日、世界の汚さに絶望する

◆12月17日、「綺麗なまま死にたい」と投稿

◆12月22日、両親の別荘地へ赴き凍死

◆雪に埋もれ発見されずに時が過ぎる

◆4月28日、雪解けと共に巡査に発見される

 

こんな感じで、舞姉さんが依頼を持ち込んできたのは6月半ばであり、優菜ちゃんたちは中3になっているというストーリーラインが見えてきます。普通にドラマを見ていると、こんな時間軸はぜんぜん頭に入ってきませんが、しかし、裏のタイムラインもしっかりと作り込まれていることがはっきりしています。金城先生、本多に負けてられっかとばかりに気合入れ過ぎな練り込みようです。

さらに毎回毎回ですが、昨今のドラマとしては珍しいくらいに、この『ディーリー』というドラマは物語の裏設定を語りません。あくまでもケイと祐太郎くんが依頼人と対峙することを主軸にしていて、そこで語られていることは、これまた毎回毎回ですが、死者への慈しみなのです。神すぎる。

 

純子ちゃんのハンドルネームである "ホワイトデイジー" も、第3話のバラの本数と一緒で、密かな暗喩がありそうです。ホワイトデイジー花言葉は「無邪気」。デイジー自体の花言葉は「美」「純潔」などがあります。純心だからこその無邪気な悪意。田辺くんと手もつながなかったのは純心ゆえの照れであり、もちろん中2男子の田辺くんはそんな女心を察するデキメンではない。そして、生まれて初めて味わった "嫉妬" という狂おしいほどの混乱に、純子ちゃんは無邪気なまでに毒を吐いた。素直であどけないからこそ、クズ獏のようなオッサンに騙されてしまった。こんな内容を、ホント、よくまあ1時間ドラマに詰め込んだもんだと、感動を超えて平伏すらしてしまいます。

予告編で匂わせていた "いじめ" という問題を正面きって描くのではなく、どこか話題転換された感もあります。どちらかというとミスリードされたみたいな。そういう点では古沢氏が『リーガル・ハイ』で描き切った「いじめの根本的な原因は "空気" だ」の方が僕的には腑に落ちるのですが、それはそれ、いずれにしても野島伸司氏のようなただ面白がってタブーを描くのとは次元の違う話ではあります。

 

14才の女の子の思い詰めた表情を見抜いたり、「ブスでごめんなさい」と泣きじゃくる彼女を抱きしめている祐太郎くんを見ていると、まるで亡き妹への償いのようにも感じました。あの時、こうして抱きしめて救い出してあげていれば...、そんな想いが祐太郎くんの表情からヒシヒシと伝わってきます。

さらには舞姉さんが語っていた「ある日突然、家族を亡くして、あとに取り残された人間の気持ち、あんたにはよくわかるんじゃないの?特に自殺の場合、遺族は自分たちを責めてつらい思いをする事になる」というセリフ、もんのすごく意味深です。ケイと舞姉さんのお父さん、もしくはお母さんは自殺したのでしょうか?もしくは、ケイの親しい誰かが、そういう状況にあったということでしょうか?この辺の伏線回収もこれからの楽しみでもあります。

 

まあ、ドラマの中なので、お父さんは普通に不倫をしているし、お母さんは簡単に学校の担任先生とこれまた不倫をしている。ここまで書いて最後になんだけど、世界は汚いと言いながら、これはちょっと設定が軽すぎます。クズ獏がアイコラして作り上げた偽物だと思いたい。汚いのはクズ獏が汚れているからであって、純子ちゃんを取り巻く世界はそんなに汚れていなかった。そう思いたい。まあ、田辺くんはやっちまった感があるけど、中2男子はそんなもんだ。小僧はいきがるもんです。

【dele #5】情愛と悔恨

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『dele (ディーリー)』

第5話「婚約者は別の顔」

監督:常廣丈太

脚本:本多孝好

 

ケイと祐太郎くんの過去が徐々に明らかになり始めた第5話。そして、本多先生が脚本を務めた2本目とあって、まあ、以前にも増して神回でした。いいドラマだ。

 

まずはケイが車イスの生活を余儀なくされているのは、高校時代に発症した何かの病気が原因ということでした。病気が発症する以前は、普通に高校生活を送っていて、遅刻しそうになったら校門に駆け込み、しかもテニス部で、さらには音楽の教育実習生だった沢渡明奈先生(柴崎コウ)と親しい関係になったと。ただ、その親しい関係というのは病気が発症してからのことらしいので、実際にどういった経緯で親しくなったのか、さらにはその病気が明奈先生と何か関係があるのか?まではまだ謎のままです。今後が楽しみです。

そんな明奈先生とは一年に一回、必ず定期的に会っているようです。まるで乙姫と彦星みたいですが、いつもは全身真っ黒なケイが、この時ばかりは白いシャツを羽織るようです。しかし、白い服、似合わねぇ~。と、言いつつ、ドラマも5話目まで来ると、ケイのこの仏頂面に妙な親しみを感じてきてしまったというか、でも、明奈先生の前ではどこか心を開きつつあるというか、感情を表に出さなくても、ケイが何を考え何を感じているかは明奈先生にはお見通しのような、そんな見透かされている弟感がまた面白いんですよね。

逆に明奈先生の登場によって、今回、舞姉さんこと麻生久美子さんの出番はなし。んん、目の保養が...。

 

祐太郎くんは祐太郎くんで、9年前に14才だった妹を亡くしていたことが判明。今回の依頼人である天利聡史くんの婚約者である楠瀬百合子さん(橋本愛)から、「いいお兄さんだった?」と問われ、ガラにもなく遠い目をする祐太郎くん。過去に何かしらの事情があったこと、そして、言うほど仲のいい兄妹でもなかったことが伺えますが、その辺も今後の展開が楽しみな材料であります。

でも、ちょっと思いました。じゃあ、祐太郎くんって何才なの?

仮に妹が生きていたとしたら現在23才になっている計算になります。今回の調査開始の時に聡史くんと小学生の同級生という設定で祐太郎くんは事務所を飛び出していきますが、その時に「オレ、27才に見えるかな?」とケイに確認しています。ということは、27才よりも下であると。じゃあ、いくつなのよ?と公式サイトを見てみたら、どうやら25才だそうです。祐太郎くんが16才の時に妹が亡くなってしまった...。この辺も今後の伏線になってくるのでしょうか?しかも、次週の予告編では「家出した14才の女の子が死体で発見されたの」と舞姉さんが語っています。いじめとか、なんかイヤ~な鬱要素があることを匂わせていましたが、"14才で亡くなった妹" というキーワードとどう絡んでくるのかが楽しみでもあります。

 

今回は本多先生の脚本とあって、小学校の校舎や鉄棒、公園のすべり台、病室や川べりなど効果的な舞台が数多く登場したり、百合子さんがゴムで髪を束ねるシーンや、最後のどんでん返しなど、『MISSING』や『MOMENT』『FINE DAYS』辺りの往年の本多作品を彷彿させる神回でした。やっぱ、このドラマ見ててよかったわぁと思ったのですが、物語的にも "死" がテーマでありながら、誰も死んでいないというのも、なかなか特殊な回だったような気もします。

また、今回も黒猫チェルシーなんていうマイナーバンドのボーカル渡辺大知くんがゲスト出演していますが、彼も銀杏ボーイズの峯田くんと一緒で、ミュージシャンでありながら役者としても結構な作品に出演しています。方や、野島伸司大先生の説明台詞をこれでもかと棒読みさせられているのに比べ、逆にこのドラマはそういった説明台詞が極端に少ない、しかも、最後のどんでん返しなんて手を握っただけ。それだけでいろんなことが理解できてしまうという、すごい恵まれた作品に出演しましたねぇ~みたいな。

劇中で流れていたショパンの『ノクターン夜想曲)第21番 ハ短調』も、おうおう、春樹チルドレン丸出しの選曲じゃないか!とほくそ笑んでしまったのですが、プレスリーの『ラブ・ミー・テンダー』よりぜんぜんいいでしょ。ショパン最晩年の曲をセレクトしたところに何か意味があるのかないのかはわかりませんが、意味がありそうで実は雰囲気だけで選びましたっていうオチだとしても、それはそれでありじゃないですか。しかも、このドラマ、主題歌もないんですよね。まあ、これだけミュージシャンが参加していたら、逆にアタマ張って主題歌を歌う人の方が大変な気もしますけど。

 

いずれにしても、百合子さんの恋心、聡史くんの秘密が胸にキュンキュン来るなかなかな回でした。これでこそ本多作品です。来週はそんな本多先生の盟友で、このドラマの企画発案でもある金城一紀先生が脚本を担当した第6話。いじめの鬱要素を気持ちいいぐらいに吹っ飛ばしてくれる、金城先生ならではのストーリーテリングを期待しています。ああ、来週は舞姉さんがいっぱい登場したらいいなぁ。

【dele #4】想念と贖罪

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『dele (ディーリー)』

第4話「超能力少年が隠した失踪事件」

監督:瀧本智行

脚本:瀧本智行

 

ラッドの野田くんの出演はとりあえず脇に置いといて、今回の第4話、例えば徳川埋蔵金!とかTVのチカラ!とか冝保愛子!下よし子!などが好きな人にはたまらない謎解きだったんじゃないかと思います。隠された石垣の向こうに明らかに人為的な空間が存在している。大きな水たまり、その先にある木の囲いを潜り、石段を上った先に犯人の手掛かりになる木製の細長いものがあるはず。呪われた家の裏庭に雑に埋められてしまった古い井戸がある。押入の天井裏に祀られているお札が悪さを呼び寄せている。そんなヒントとも当てずっぽうとも言えるキーワードを辿り、実際にそのものが存在していた時のなんとも言えない爽快感。まるで『ポートピア連続殺人事件』や『オホーツクに消ゆ』をクリアしたような、一種のゲーム感覚とでも言いましょうか。天才超能力者 日暮裕司が残した12枚の絵には、そんな謎解きアハ体験の魅力が詰まっていました。

さらに昭和チックな雰囲気を演出していたのがVHSのような粗い画像と、岩崎太整さんなのかDJ MITSU THE BEATSが作曲したのかわかりませんが、哀愁が漂う70年代フォークのようなギターのフレーズです。この音楽の効果も相まって、日暮少年のオカルティックさ、そして、失踪した母親という艶めかしさがより際立っていました。

ブログなどでドラマの感想を見ていると「切ない」とか「泣けた」とかの意見がほとんどだったのですが、すいません、僕はどうもそういう印象が薄かったです。どちらかと言うと、上記のように昔に流行ったオカルト系の番組の面白さを踏襲しただけの、ちょっとマジメな『世にも奇妙な物語』みたいな印象です。

 

人気ロックバンド RADWIMPS のボーカルである野田くんが出演すると聞いて、さてさてどんな棒読みが始まってしまうんだ?と不安だったのですが、セリフは冒頭のモノローグだけで、あとは死んでいます、背中を丸めて立ち去ります、森の中に立っています、最後はお辞儀します、とあえて無言の演技が続き、ああ、よかったと一安心。ぬぼーっとしているのが、逆に切なさを誘ったんでしょうか。逆に「ありがとう」とか要らぬセリフを喋ってみようものなら、今回の第4話の雰囲気は総崩れしていたかもしれません。あえて喋らせない。そう判断した瀧本監督が正しいと思います。

第1話の般若の鬼気迫る悪徳刑事はとりあえず怖い人で終わらせ、第2話のコムアイのスピーチも不思議ちゃんオーラで乗り切り、そして、この野田くんは無言。『高嶺の花』に出演している銀杏ボーイズの峯田くんもそうですが、ここんところミュージシャンが役者としてドラマや映画に出演することが目立ってきました。峯田くんは、まだ役者としても数々の作品に出演しているし、その乙女んぶりも話題になっていていいキャラだったりするのですが、野田くんは役者より音楽をやっててほしい気がします。今度、映画にも出るんでしょ?巷のEXILEとか韓国アイドルじゃないんだから、言葉とメロディで僕たちを圧倒して欲しいですよね。

 

物語も佳境に差し迫ると、なんで美香さんのお母さんはこんな不幸な目に合ってしまったのか?という疑問が浮かんでくるのですが、それも結局は、てやんでい!とちょっと勢いがつき過ぎてしまっただけでしたというオチで、いやいや、それじゃあ、まるで階段から落ちて死んでしまった "くいな" じゃないか!と。ゾロが世界一の剣豪を目指す理由のためだけに階段から落ちてしまったように、仕事で家庭を顧みなかった重治さんに、もう少し家族や娘の事を考えなさい!っと諭すためだけに勢いがついちゃったみたいな。第2話の突然死、第3話の爆破事件と、なかなかこのドラマは物語のキーになる部分をさらっと流して、どちらかと言うと、その結果に重きを置いている節があります。

そもそも第3話の学生運動、第4話の超能力少年と、どこか昭和を感じさせるキーワードが立て続けに語られていました。無邪気な祐太郎くんは別として、この辺の物語はケイの過去に何かしらの意味合いがあるのではないかと感じ始めています。少年時代のヒーローが超能力少年だったというのも、何かしらの事件、もしくは暴力から解き放たれるために圧倒的な力を欲した。もしくは日暮裕司と同じように、いなくなってしまった母親を探し出そうとしていたのかもしれません。その母親像を第3話の江角幸子さんの会話に重ね合わせていたのだとしたら、ケイが浦田さんの机で真摯に耳を傾けていた理由も納得できます。

そんなんで次回はケイの元カノが登場だそうです。他者との干渉を極端に避けているケイ、その背景が少しずつ語られていくのでしょうか。

 

しかし、出社する時、必ずビルの向かいにある神社に柏手をしている祐太郎くん。いい子だなぁ...。何に感謝をしているんだろ?もしくは何を願っているんだろ?

【dele #3】追憶と喪失

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『dele (ディーリー)』

第3話「28年の逃亡犯と監視された女」

監督:瀧本智行

脚本:青島武

 

前回までもそうでしたが、この「ディーリー」の魅力の一つが "映像美" です。深夜枠のテレビドラマとしては贅沢なくらいに毎回毎回、極上のショートフィルムを観ているような感じ。公式サイトのイントロダクションでプロデューサーさんが語っているようにオムニバス的な短編映画を毎回観ているようで、まあ、とにかく素晴らしいです。

そんな中でも、この第3話はパトリス・ルコントの『髪結いの亭主』『仕立て屋の恋』を彷彿させるヴィジュアルが抜群でした。寂れた港町の商店街があんなに魅力的に見えるものかと。舞台となっているのが写真館とか理髪店というのも雰囲気を冗長させています。さらには余貴美子さんが微妙にエロい。微妙にね。とても還暦を超えてるとは思えない熟女っぷりは、その手の趣味の人にはたまらなかったのではないでしょうか。ひと気のない理髪店で、行かず後家が白衣を着て身体を摺り寄せてくるとあっては...、ねえ?

 

物語は写真館を営む浦田さんが「dele.LIFE」を訪れてくるところから始まります。内容は「パソコンのデータを削除するのと併せて、削除する前にデータをコピーし、バラの花と一緒に江角幸子さんに届けてほしい」というもの。なんともキザな依頼ではないですか。でも、ウブな祐太郎くんは「ロマンチックじゃな~い」と有頂天。若いな。

そもそも冒頭で指名手配のポスターがクローズアップされたところで、この "五藤卓" という人物が何かしらの軸になりますよ、と説明されていたわけでして。で、蓋を開けてみたら、学生運動の "爆弾闘争による革命" を標榜していた過激派組織のメンバーで、彼は1975年に起きた外務省の外郭団体を爆破した事件の容疑者でした。

この "学生運動" と "バラ" というキーワードから思い浮かべることができる人物はただ一人しかいません。そうです、アドリア海飛行艇乗りのマドンナであるジーナさんこと加藤登紀子さんです。その代表曲「百万本のバラ」も物語の重要なキーワードとして登場します。

しかし、その "熱い時代" に何があったのかが描かれることはありませんでした。舞さんが語っていたように「テロ対策にAI導入するご時勢」で、まるでストーカーのようにただただ盗聴を繰り返すだけの捜査は "時代遅れ" なことなのです。

ドストエフスキーの『悪霊』で描かれていたペトルーシャのように、何かしらの革命を起こし名声を欲した季節は既に過去となり、熱く燃え上がった焚き火の跡で静かにくすぶっている仄かな熱は、何気ない日常の繰り返しの中で "幸せ" という時間を愛おしむようになっていく。ケイが疑似体験した28年間の "幸せ" は、そんな時間の積み重ねでした。このシーン、本当によかったなぁ。それが "5本のバラ" につながってくんですもん。

 

ラストの麹町の何気ない人々のシーンがヤバイです。

43年前、時代の変革を志して犯罪に身を賭した結果、果たしてここに存在するのは夢見ていたユートピアなのだろうか?そんな想いに囚われていそうな幸子さんのなんとも言えない表情にグッときます。それを見てケイは祐太郎くんにバラを渡せ!と煽ります。そうなんです。幸子さんの時間は決してムダなものではない。決して時間が止まっていたわけでもない。ここにあなたがいる。それ以上でもそれ以下でもない。それが素晴らしい事なんだと。いいドラマじゃないかぁ...。

【dele #2】確執と溶解

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『dele (ディーリー)』

第2話「ダイイングメッセージの真相」

監督:常廣丈太

脚本:渡辺雄介

 

前回、クールな思考回路で綿密な計画性を組み立て、巧みな車椅子捌きで悪徳刑事をギャフンと言わせたケイ。相棒の祐太郎くんとは真逆で、感情表現をまったく表に出さない彼ですが、今回、なんとヘッドフォンで音楽を聞きながらノリノリではないですか。しかも、そのノリがえげつない。こういう人いるよね、セカイに入っちゃってる人。

「ニワトリがいますよ」と舞さんにLINEする祐太郎くん。首がコケッコケッと動くからニワトリなのか、そもそもの弱虫くんをもじってチキン呼ばわりしたのかは謎ですが、いずれにしてもニワトリやハトって、なんで首をクイクイ動かしながら歩くんでしょうね。疲れたり、肩が凝ったりしないのかなぁ。

今回の依頼人は宮内詩織さん(コムアイ)。死亡確認のために自宅まで行ってみたら、部屋には音楽機材がビッシリ。そんな中で無残に倒れている彼女の手元には "エンディングノート" があり、そこには走り書きのメッセージが...。

この "エンディングノート" は、以前、舞さんのもとに遺言書の相談で詩織さんが訪れた時に作成されたものらしい。「25才になったら遺言を残そうと思っていた」と語る詩織さん。病を抱えていたのか、それとも自殺を企てていたのか、いずれにしても "死" を覚悟していたことは明らかです。

身元を確定するためネットで詩織さんのことを調べてみると、その昔、ピアノコンクールで優勝するほどの実力者だったことが判明。父親はフィルハーモニー交響楽団の指揮者で、数々の賞を受けるほど。自宅にも賞状やトロフィーが飾られています。ですが、そこに華やかさは存在しません。友人と偽って訪れてきた祐太郎くんに、詩織さんのお母さんはお通夜に他の友人を連れてきて欲しいとお願いします。しかし、それを快く思わない父親の影も...。どこか不穏な空気を感じます。

頼まれると断れない祐太郎くん。ボールペンの名入れから "bar GAFF" というガールズバーに辿り着き、そこで詩織さんが働いていたことが明らかになります。しかし、バーにいる人たちはどこか他人行儀で...。

 

てなわけで、2話目にして "エンディングノート" が登場。通常は高齢者の方々が子供や近親者に、例えば遺言書の有無、延命処置の有無、借金はいくらあって、葬儀には誰々を呼んで欲しい、助かるのはネットなどのIDやパスなど、急に旅立ってしまった時に残処理がしやすいように残したりするものらしいのですが、それをまだ20代の詩織さんが考えているというのは、明らかに何かしらの "死" を感じさせる理由があったからだと思われます。

物語後半で明らかになる "生前葬" も、バラエティ番組の企画で往々にして第二の人生をスタートするために半分おふざけで行ったり、死期が迫った大御所の方々が感謝の意を込めて執り行うものですが、そこにも "死" を予感させる何かがあります。

詩織さんと両親の間にどんな確執があったのか、具体的なシーンや物語はあえて表現されていませんでしたが、この "迫りくる死" が何かしらの要因になっていたのではないかと推測することができます。そして、詩織さんの母親も、その "迫りくる死" を知っていた。

祐太郎くんには「小さい頃から身体が弱かった。急性心不全だった」と語っていますが、たぶん "迫りくる死" の正体は心臓病であり、それを知っていた母親は、だから友人がいたのなら、お通夜に来て欲しいと切に願ったのかもしれません。知らなかったのは交響楽団の仕事で忙しかった父親だけみたいな...。そして、自分と同じ道を歩ませようとする父親に反発し、詩織さんは残された限りある時間の中で、自分のやりたい音楽を創作するため家を飛び出た。母親はそれを父親が理由で音楽が嫌いになったからだと思っていた。この辺の夫婦のすれ違いも物語が進むことによって溶解していきます。

 

ニワトリ ケイが酔狂していた音楽が伏線となってガールズバーにまとまっていくのも楽しかったですね。バンド名は "The Mints"。単純にミントの複数形と解釈することもできますし、"新しいもの" "解毒" なんていうちょっと穿った意味をねじ込めることもできそうです。

そんな "The Mints" の曲が「Pretend」。ケイが「刺激物だらけのデザートみたいな音楽が多い中、本当の音楽をやろうとしている稀有な存在。この曲を初めて聴いた時、衝撃で逆に立ち上がってしまうかと思った」と熱く語るほどの名曲らしいのですが、この曲の作詞を担当していたのが詩織さんの友人である紗也加さん。「偽ります」なんていう曲名をつける辺り、過去の確執から姿を隠して生きていく姿が垣間見えてきますが、それは詩織さんも一緒だったようです。

 

最終的に、詩織さんの想いは家族や友人たちに、ほんわかとした暖かな溶解を与えるのですが、ケイが最後に放った一言がやけに突き刺さります。

「復讐」

父親が思い描いていたように生きる道ではなくても、私は立派に幸せだったんだ。その想いはケイにも通じるものがあるようです。"The Mints" の曲と同じように。