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【コンフィデンスマンJP】伏線回収完了!時系列解読完了!バトラー、あんたが一番、得してんじゃないかっ!

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『真実を探しているものを信じよ。真実を見つけたものを疑え』冒頭でダー子が紹介していたのはフランスの小説家アンドレ・ジッド(アンドレ・ジイド)の格言。出典はジッド最期の回想録『Ainsi soit-il ou les jeux sont faits』からのもので、この格言には実は続きがあります。

『すべてのことを疑うが、あなた自身を疑うことはない』

 

第1話から熱心にドラマを見ていたコンフィ・フリークなら、ドラマ開始早々、辞めたい病のボクちゃんに「398回目ですよ」と、麩菓子を食べながら呟いたダー子に、ん?とすぐに勘付いた人も多かったのではないかと思います。前々から "3人の過去" が最終回で語られると触れ込みがされていたので、なるほど、そういうことかと。

で、お決まりのようにボクちゃんは放浪の旅に出発し、その1年後には "はにわ運送" の主任になっていました。ここで、なんやねん、コンフィデンスマン世界の引越し言うたら "シロクマ引越社" なんやないのか!とツッコミを入れた方は、かなりの筋入りの方ではないかとお見受けいたします。だよね。なんで "シロクマ" じゃなくて "はにわ" なん?まあ、いいんだけどさ。

ここで登場するのがラスボス鉢巻秀男。どうやら結婚詐欺にあったそうです。根っからの古沢ファンなら、結婚詐欺と聞いて真っ先に思い浮かぶのが『リーガル・ハイ』第2期で "世紀の悪女" と叩かれた、あの妖絶な美女、安藤貴和ではないでしょうか。となると、あの深々と帽子を被った髪の長い女性は小雪小雪なのか?いやいやいや、そんなことはあるまい。しかもだまし取られた金額が3000万って、少なっ!(決して額としては少なくないのに、少なく感じてしまうのが既にこのドラマに毒されている証拠かもしれない)。なんか、おかしくね?と思っていたら、案の定、鉢巻くんが豹変。最終回のスタートとなります。

おっと忘れてはいけません。かの金田一耕助をパロッた『名探偵 海老河原の冒険』もちゃっかりと『リーガル・ハイ』第1期第7話を踏襲しています(海老河原の口ひげは完全に名探偵ポアロです)。DVDのパッケージを見ると「名探偵 海老河原幸吉シリーズ Episode0 (ZERO)」と表記されています。そうなんです。コンフィデンスマン注目の最終回はエピソード・ゼロだったんです。

 

巷ではキレイに1話にループした!と大絶賛されていますが、これによって今まで何度かチャレンジしてきたドラマの時系列がはっきりすることになりました。まずは嘘か真かわかりませんが、ダー子・ボクちゃん・リチャードの過去を整理してみましょう。

【リチャード】

本名:鎌田潔

経歴:もともとは妻 佳代、娘 恭子と暮らしていた宝飾品のトップセールスマン。自身の売上金を会社に取られるのが嫌になり独立、仲間と共に詐欺販売で大儲けすることになる。

【ボクちゃん】

本名:西崎直人

経歴:詐欺師である母 西崎信江の一人息子。中学の時に母が逮捕されてから絶縁状態に。母 信江とリチャードは詐欺師仲間だった。母の誕生日は6月12日。現在は札幌の小さなスナックを経営している(ダー子がポロッと言っていた "松前漬け" につながる)。

【ダー子】

本名:藤沢日奈子

経歴:児童養護施設 松戸みらいガーデン(千葉県)の出身。中学の時にボクちゃんの母 信江と知り合い、詐欺の手口を叩き込まれる。悪徳アイドルプロデューサーである古本敦をダマし大金を手に入れる。その際にAKBのような服装をしていた。

とまあ、こんな経歴を並べたてられたものだから、子犬を探していた鉢巻くんはまんまと騙された訳ですが、さて、この設定のどこまでが "本物" なのでしょうか?

 ◆ダー子とボクちゃんは中学時代から知り合いだった

 ◆ダー子に詐欺を指南した師匠のような人物がいる

 ◆ダー子の師匠とリチャードは知り合い

 ◆ダー子の師匠とボクちゃんには深い関係がある

 ◆本名のイニシャルは同じアルファベットになっている

この辺りをほぼ確定としてもいいのではないでしょうか。もし映画で描かれるのがこのような三人のビギニングだとしたら、それはそれで面白いかもしれません(あまりシリアスになってもどうかとは思いますけど)。

 

そして、先述したように、この最終回はエピソード・ゼロ、今までの9話の中でも一番古い時系列になることが明かされました。5年前に新宿 金虎幇のボス孫秀波から15億をだまし取ったのが、作品内で描かれたダー子たちの一番古い事例になりそうです。その他にも、悪徳芸能事務所にありもしない音楽著作権を売り付けたり、F1好きのオーナーにレーシングカーを売り付けたりしたそうですが、これらの事例がいったいどこまでが "本物" なのかは定かではありません。古沢さんのNOTEを見ると、今回のコンフィデンスマンでは没になったネタが多数あるようですので、この著作権やF1絡みの事例は、その没ネタの一部なのかもしれません。

さらには、以前のブログでは第6話の『古代遺跡編』を軸に、ドラマの時系列を勝手に妄想してみるという試みをしましたが、全10話の全貌が見えた今となっては、ドラマで放送された順序が、そのままドラマの時系列になるのではないかと思っています。ここでもう一度、今までのちょい出し小道具を振り返ってみると、

【第1話】

◆いわき空港にMIKAブランドのポスターが貼ってある

【第2話】

◆民宿「八五郎の宿」に "うなぎのカレー煮" のダンボー

◆民宿「八五郎の宿」の本棚に『幻を求めて』

桜田リゾート「鈴の音」にMINOBEの化粧品 "弁天水"

※ダー子がバスの中で『縄文時代ガイドブック』を読んでいる

【第3話】

◆伴ちゃんが "うなぎのカレー煮" を食べている

【第4話】

◆ダー子の部屋のテレビに『ドクター・デンジャラス』

【第5話】

◆野々宮ナンシーが猫ノ目八郎の『ヤバイ!』を読んでいる

◆ダー子のフェルメールが野々宮総合病院に飾られている

【第6話】

なし

【第7話】

◆鎌倉花火大会の協賛に「公益財団あかぼし/モスモス/桜田リゾート/斑井コンサルティング」が名を連ねている

【第8話】

◆MIKAブランドの受付にダー子が作った土偶となんちゃってオジサンの埴輪

【第9話】

◆五十嵐が「ふじみ屋」の "三色だんご" を食べている

◆熱海チーターズのユニフォームに「俵屋フーズ/斑井コンサルティング」が名を連ねている

これらがこのままの時系列だとすると、第2話の「いいだばし六郎太」での失敗を機にボクちゃんが402回目の離脱をし、その2ヶ月後、エロ女将に一目惚れしたボクちゃんの頼みで桜田リゾートをターゲットにしてから、たぶん数か月の間にプロジェクトが進行し、最終的にボクちゃんと五十嵐が出会ってから丸一年強の間に第3話から第8話までが同時進行したことになります。物語の中で一番新しい出来事は、先週読み解いたように熱海チーターズがプロリーグで初勝利をした今から1年後の未来です。

前々から古沢さんは「劇中の小道具は現場の遊び心」と言っていたので、この時系列は計算されたものでは決してなくて、全話並べてみたら、この順番が一番しっくり来たってだけかもしれません。物語も1話から順に書き始めた訳ではなく、全10話分のネタを拵えるために、その3倍ものネタをああじゃないこうじゃないとこねくり回していたようです。ただ、そのどれもに共通するテーマが「信頼」だったことは見事です。

第1話で既に「信頼ってお互いに信じ合うことです」と語っていたダー子。ボスと部下の関係、売り手と買い手の関係、社長と社員の関係、男と女の関係、親と子の関係、チームの関係、会社と世間の関係、いずれも "信頼" なくしては成立しないものですが、それを杓子定規で書いたような生真面目さではなく、面白おかしく、時にパロディを大胆に挟み込みながら描いたドラマ、それが『コンフィデンスマンJP』でした。全10回、最高でした。

騙されることに慣れてしまって映画化さえ疑っているコンフィ・フリーク達ですが、ここで冒頭のアンドレ・ジッドの格言に戻ります。真実を見つけたと言う者を疑え。そして、全てを疑ってはいるが、あなたはあなた自身を疑うことを決してしない。僕自身はいったい本物なのか?それとも偽物なのか?それを追い求めている限り、コンフィデンスマンの世界は続いていくようです。...、ポウ!

ガンズ・アンド・ローゼズの名盤『アペタイト・フォー・ディストラクション』が発売された1987年とは何だったのか?

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今月、6月29日に発売されるガンズ・アンド・ローゼズのデビュー・アルバムにしてロック・アルバムの金字塔『アペタイト・フォー・ディストラクション』のリマスター&ボックスセット。「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」「パラダイス・シティ」「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」など往年の超名曲に加え、ファンの間では昔から愛されていた至極のロック・チューン「シャドウ・オブ・ユア・ラヴ」や『GN'Rライズ』に収録されていたライブの定番曲「ムーヴ・トゥ・ザ・シティ」「ママ・キン」のアコースティックなどもコンパイル。販売形態は下記の全5種類。

 ①アペタイト・フォー・ディストラクション [1CD]

 ②デラックス・エディション [2CD]

 ③スーパー・デラックス・エディション [4CD+1BR]

 ④ロックト・アンド・ローデッド・エディション [4CD+1BR+7LP+7'inc]

 ⑤アペタイト・フォー・ディストラクション [2LP]

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amazonではストリーミングのみの扱い値引きなしの普通扱い、タワレコなどのレコード・ショップではネット通販の取り扱いあり、メーカー直発送のユニバーサルで予約注文すると発売日前の6月27日に発送してくれるみたいなので、たぶん、これが一番手っ取り早いかも。未発表曲たっぷりのスーパー・デラックス・エディションは25,000円もするので(同梱されているアイテムは当時のライブ告知の復刻や大型ポスターなどかなり豊富)、そこそこのファンの人(僕を含め)はデラックス・エディションが妥当なところではないかと思います。ちなみにSHM-CDでの発売は国内盤のみで、輸入盤は普通のCDのようです(これで音がどれだけ変わるのかはわからないけど、プラシーボ効果で良く聞こえるのは確かだと思う)。

 

で、もうかれこれ30年間ひたすら聴き倒したガンズの名盤を今さら告知したくてブログを書いているわけでは決してなくてですね、この『アペタイト・フォー・ディストラクション』と同じ1987年に発売されたロックの名盤が他にも2枚あるんだよね、ということに注目したいと(2枚どころじゃねぇだろ!というツッコミは置いといて...)。

まず1枚は去年のライブ・ツアーも話題になったU2の『ヨシュア・トゥリー』

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商売上手なU2は既に2007年に20周年盤ボックスセットを、去年2017年には30周年盤を発売し、それに付随したヨシュア・トゥリー・ツアーを北米やヨーロッパ、中南米で全51公演開催しています。ツアーに同行したノエルが羨ましい!と、相変わらずの兄弟喧嘩をふっかけていたリアムはどうでもいいとして、アジア圏はビジネスの対象にならないとU2から完全に斬り捨てられたのが、極東の島国に住む僕としては一番ショックでした(その点、ガンズはちゃんとベビメタ同伴で来日してくれたんだから言うことなしです)。

この言わずと知れた超名盤2枚が同じ1987年に発売されたこと、そして、その余波が1991年のビッグバンを巻き起こしたことを考慮すると、ガンズとU2というバンドがいかに偉大かを物語っているのではないかと思うのです。収録されている「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)」と同じように「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」や「パラダイス・シティ」も、この30年間、0.001mmも変わらない高揚感を僕たちに提供し続けてくれているのです。

では、そんな名盤2枚が生まれた1987年の背景には何があったのでしょうか?

一つは1980年にジョン・レノンが銃弾に倒れてから始まった、いわゆる商業ロックの隆盛への反動と読み取ることができます。カリカチュアされたポップスも普段の生活を彩るカンフル剤として有効活用することはもちろん可能なのですが、そのエンターテイメントに重きを置きすぎるとロックもパロディ化されてしまう。80年代ロックがいつまで経ってもその対象とされてしまうのは、その万人向けのエンターテイメントが重視され過ぎたが故に、ロックの本質である "反骨精神" が薄れてしまったためではないかと。

このみんながみんな中流階級という同列に並び、企業という企業がコンプライアンスを気にする21世紀に "反骨精神" なんて言っても立て板に水みたいなものですが、今から30年前には確実に僕たちの精神的支柱になり、このクソみたいな生活から抜け出るためのサウンドトラックとして『アペタイト~』も『ヨシュア・トゥリー』もこの上なく機能していたのです。そうなんです、1987年は飾られ過ぎた世界を壊すことが始まった年、ことの本質を見据え始めた年ではないかと思うのです。

1987年に発売された他のアルバムを見ても、

Prince - 『Sign o' the Times

The Jesus and Mary Chain - 『Darklands』

Aerosmith - 『Permanent Vacation』

R.E.M. - 『Document』

Pet Shop Boys - 『Actually』

Depeche Mode - 『Music for the Masses』

など後にブレイクするバンドのターニングポイントになるアルバム、もしくは既にブレイクしたバンドが自身の本質に切り込んだアルバムが多く見られます。世間的に見るとマイケル・ジャクソンの『BAD』が発売された年とも言えますし、売上的には『スリラー』には届かなかったものの、マイケル自身が過去の自分を超えた瞬間であるとも言えるのです。

ここでもう1枚の名盤が出てくるのですが、それがスティングの『ナッシング・ライク・ザ・サン

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ロックの名盤と言ってもいいんですが、ジャズ界の巨匠ギル・エヴァンスブランフォード・マルサリスが参加していることから、一概にロックとは括れないスティングらしいワールド・ワイドな名盤と言えます。他にもエリック・クラプトンやポリスのメンバーであるアンディ・サマーズも参加、とにかく豪華なアルバムです。

このアルバムで、スティングもマイケルと同じように過去の自分を超えることに成功しています。母親の死をきっかけに内省的で悲観的なメロディが生まれ、南米訪問時のショックは名曲「フラジャイル」へと昇華されました。アメリカでの疎外感を歌にした「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」は、先の「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」や「ホエア・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」同様、この30年の月日を感じさせない永遠のスタンダード・ナンバーとして輝き続けています。

 

スマホで写真を撮れば簡単に加工できるし、はちゃめちゃなことをすればネットで袋叩きにあってしまう。そんな炎上を避け、大人しく長いものに巻かれて、過去の実績を検証しながら石橋を叩いて渡ることが要求される時代に、30年前のような突拍子もない熱いエネルギーを放出することは難しいのかもしれません。

あの頃から比べたら、今の生活水準はかなり良いものであることは間違いないし、交通は便利になったし、情報は取り放題だし、道端を徘徊しているのは野良猫ぐらいで、ワンワン追いかけてくる野良犬や熱くて道端で干からびたミミズなんて最近トンと見ていません。外灯もLEDになって虫がたかることもなくなり、郵便受けにエロビデオのチラシが投げ入れられることもなくなりました。そんな便利さに満足してしまって(どんな便利だ?)、僕らは何か大事なものをどこかに置き忘れてきてしまったのではないか。

ガンズの『アペタイト~』の再発を機に、もう一度、このクソみたいな世界を一点突破するエネルギーを充填しよう。1987年のあの時のように。なんとなく、そんなことを梅雨入りの夜に思いました。

【コンフィデンスマンJP】最終話目前で勢いが増した!三色だんごとスポンサー企業、もう妄想が止まらない!

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いったい今までこんなドラマがあったでしょうか?たった45分の中に笑いがあり、悲しみがあり、友情があり、裏切りがあり、挫折があり、成長があり、怒りがあり、許しがあり、パロディやオマージュからディスりやエロネタまである。こんなお腹いっぱいの45分間を僕は味わったことがないです。もちろんこれは今までの8話分の蓄積があるからこそなんですが、それを差し置いても、この週刊少年ジャンプ的な詰め合わせ感は、このジェネレーションさえグローバル化させてしまう21世紀の新たなエンターテイメントと言うべき作品と断言してもいいのではないでしょうか。

巷では徹平くんサイコーの声も数多く(僕も今回はスゲーと思いました)、巷では五十嵐人気が天文学的な数値で跳ねあがり(ピンクのヘッドバンドはamazonで690円で売ってますゼ)、巷では映画化という話がコンフィデンスマン最大のウソではないかと盛り上がっています(来週、本当に映画化はウソです!なんてテロップが流れたら日本中がズッコケるだろうなぁ。それも一興だけど)。

第9話でパロった作品も『スラムダンク』はもちろん、『スクールウォーズ』『ルーキーズ』とTBSを代表するスポ根ドラマの名作を超ド直球でぶっこんでくるあたり、『半沢直樹』『逃げ恥』と話題作では完全に負けてる他局のフンドシを、なんのてらいもなく「あらよっ」と自分の股ぐらに締め直した感じが潔すぎます。でも、横綱のフンドシ締めたからって、必ず勝てるわけじゃないところが、またいいよね(でも、数字的には1話を超えたみたいだけど...)。

そんなこんなで蓋を開けてみたら第5話といい勝負なくらい最高な回だった第9話。お決まりの小ネタもいつも以上に多めの感じで、まあ、何回見ても楽しめる作りになっています。ざっと第9話の小ネタを挙げると。

 ◆チョビ髭が応援していた "群馬ダイヤモンドペガサス" は実際にある野球チーム

 ◆チョビ髭が応援していた "VONDS市原" は実際にあるサッカーチーム

 ◆卓球チーム "東京ジェッツ" の社長室に『ミックス。』のDVDが飾られている

 ◆五十嵐が「ふじみ屋」の "三色だんご" を食べている

 ◆"熱海チーターズ" の "Cheat" はダマすの意味

 ◆"熱海チーターズ" のマスコットは最強を意味する黒帯を締めている(実際は弱い)

 ◆"熱海チーターズ" のメンバーは『七人の侍』へのオマージュ

   半原敦=島田勘兵衛

   志村庄一=菊千代

   志村庄二=片山五郎兵衛

   志村庄三=岡本勝四郎

   イスマイル=七郎次

   ジェームズ=林田平八

   ケンタ・ヤマグチ・サイモン=久蔵

 ◆"熱海チーターズ" の対戦チームは『スラムダンク』の高校名

   山王コーギョー=秋田県立 山王工業高校

   大阪トヨタマーズ=豊玉高校(大阪)

   カマクラ リョーナンズ=陵南高校(神奈川)

   名古屋コーチンズ=愛知学院高校

   静岡富士サンズ=常誠高校(静岡)

 ◆"熱海チーターズ" のユニフォームに下記2社がスポンサーとして名を連ねている

   俵屋フーズ

   斑井コンサルティング

この他にも『ピンポン』『ブザービート』『がんばれ!ベアーズ』など映画やドラマへのオマージュやパロディがてんこ盛り。これは第1話で『オーシャンズ11』や『ゴッドファーザー』『マルサの女』などを、第5話では『白い巨塔』『ドクターX』などを見事にパロった田中監督の十八番とも言うべき演出で、コンフィデンスマンの真骨頂。

そして、先週、ドラマ世界内の時系列を勝手に妄想してみましたが、あっけなく木っ端微塵になりました(笑)。そりゃそうだ。それでも負けじと、今週明らかになった情報から、もう一度、時系列を整理してみたいと思うのですが、そもそも、先週の妄想のベースである "斑井満が山を購入した時点で会社を辞めた(働くのを辞めた)" というのが大間違いだったようです。斑井満は発掘という名の未来に憑りつかれはしたものの、仕事は仕事と割り切ってビジネスは継続しているのではないかと。そして、ボクちゃんと五十嵐の関係は、やはり第2話からスタートしている。ここを崩してはいけないことに気がつきました。と言って、また一話から順に見ていくのも面倒なので、今回のターゲット桂公彦がどのような交友関係を持っていたのかを探ってみるとします。

 

①幸せの三色だんご

五十嵐がパクパク食べていた "和菓子処 ふじみ屋" の定番商品 "三色だんご"(1本なんと60円!)。商品の梱包を見ると新店舗バージョンであることがわかります。これは赤星栄介の嫌がらせを受け、泣く泣く暖簾を降ろした後、ダー子からの赤星から奪ったお金の寄付で新たにお店を建直したその後ということになります。

となると、桂公彦の素性を調査していた五十嵐は、その足で詰めの甘いチョビ髭の調査も同時に洗い直し、その途上で "ふじみ屋" に辿り着き、お土産に購入していた可能性があります。五十嵐、なかなか仕事のできる男です。

穿った見方をすると、この時点で五十嵐はチョビ髭をあまり信用していないのではないかと読み取ることもできます。もしくはダー子と仲良くやってるチョビ髭に嫉妬心を抱き、三色だんごをさりげなく食べながら、「ダー子ちゃん、こいつのヘマぶりを少し思い出したらどうだい?」と密かに訴えているのかもしれません。それが後のジェスチャーにつながり、4人の仲良さげな姿につながると。

また、第7話の鎌倉花火大会の協賛に「公益財団あかぼし/モスモス/桜田リゾート/斑井コンサルティング」の4社が名を連ねていることから、桂公彦は赤星栄介とつながり、数々のスポーツチームを買収していた可能性もあります(さらにはスポンサーとして赤星主催のスポーツ興行にモスモスが名を連ねていた可能性もあります)。ここから読み取れるのは、第1話でなぜ可愛がっていたボクサーを赤星が締上げたのか?につながるのです。その陰に桂公彦の存在があった。もしくは "モスモス" のオフィスは、もともと "ふじみ屋" があった土地に建てられたものと妄想することもできます。となると、先ほどの三色だんごの意味により深みが増すのですが、まあ、とは言っても結局は僕の妄想です。

いずれにしても、桂公彦の物語は赤星栄介の後ということになります。

 

②俵屋フーズと斑井コンサルティング

ドラマのエンディングで、プロチームとして初の勝利を納めた "熱海チーターズ" のユニフォームに、"うなぎのカレー煮" で有名な俵屋フーズ、そして、あちこちに顔を出している斑井コンサルティングの名があります。

まずは "斑井コンサルティング" 。先述したように斑井満はダー子から山を買い取り、遺跡発掘の喜びに溢れた人生を送ることになりましたが、父である万吉のように何もかもを投げ打って遺跡発掘に勤しんでいるわけではないことがわかりました。その証拠が今回の "熱海チーターズ" へのスポンサー。ここから読み取れるのは、改心した桂公彦が経営や社員のコンサルティングを斑井満に依頼していることです。そして、斑井も年寄りばかりを狙っていた悪行を改め、スマホのアプリという若い世代の会社に対しても真摯にコンサルティング業務を行い、あろうことかスポーツを通して地域の活性化にも貢献しているという事実です。

もう一つ名を連ねているのが "俵屋フーズ" 。第3話で映画への投資をしていた俵屋勤ですが、ダー子たちによって偽装が明るみになり、五十嵐曰く「俵屋は逮捕されるだろう」ということでした。結果、逮捕されたのか、もしくは謝罪で済ましたのかは明らかになっていないのと、俵屋フーズが存続しているのかどうかも同様で、"うなぎのカレー煮" の行方はわからないままになっています。

ここで注目したいのは "熱海チーターズ" が初勝利を納めたのは、実は来年になるということです。なぜ、そう言い切れるかというと、ドラマ冒頭のシーンでボクちゃんとリチャードがサッカーの試合をテレビで見ているのですが、そこに映っていたのが2017年8月に行われた日本 VS オーストラリアの試合だからです。この試合でワールドカップへの出場を日本は決めたのですが、となると、そこから2年後に "熱海チーターズ" が初勝利したとなると、これはちょっとした近未来のお話ということになるのです。

そんな来年のシーンに俵屋フーズの名があるということは、会社も "うなぎのカレー煮" も存続していると読み取ることが可能です。そして、自分が大好きな映画への資金提供でさえなかなか渋っていた俵屋勤が、なんのつながりもない "熱海チーターズ" のスポンサーに名乗り出るとは到底思えません。となると、俵屋勤は社長の座から失脚し、その後釜についた誰かが "熱海チーターズ" のスポンサーに名乗り出たということになります。それは誰か。たぶん、工場長であった宮下さんではなかろうかと思います。

宮下さんにはキレイな奥さんと小学生くらいの息子くんがいました。嘘をついちゃいけない、一生懸命に仕事をすれば報われる、そんなポリシーで家族とも向き合っていた宮下さんは、社長の座に着いても変わらない精神で人気商品 "うなぎのカレー煮" を国産にこだわって作り続けた。そして、"うなぎ" と言えば "静岡" です。今思うと、卓球チーム "東京ジェッツ" の社長に、リチャードは「おいしいウナギの店を知ってますんで、そこで話をしませんか?」と、まんまと外に誘い出すことに成功しています。この辺りも、"うなぎ" つながりの軽い伏線になっていそうです。さらには、もしかしたら息子くんがバスケを始めた為、それに影響されて宮下さんがスポンサーに名乗り出たという親子話で膨らませることも可能かもしれません。

いずれにしても、先週の妄想で展開した "斑井コンサルティング" と "俵屋フーズ" は、ダー子との対決で倒産、もしくは廃業した訳では決してなく、その経営方針を改め、逆にダー子たちと出会ったことにより、その人生がより有意義になったのだと解釈することが可能なのです。そして、その時期は赤星栄介が鳥取砂丘に降り立ってから、"熱海チーターズ" が初勝利するまでの2年間の間に起きたことであると定義することができるのです。

 

さて、今週『ルーキーズ』をパクられた佐藤隆太さんが、来週ダー子たちのラスボスとして登場します。既にワンシチュエーションの作品であると騒がれていますが、これは第7話の与論要蔵邸以上のヒッチコックばりの傑作になるんでしょうか。そして、ボクちゃんが何度も言っていた "過去" というキーワードは何を指しているのでしょうか。さらに映画は本当に作られるのでしょうか。来週の最終話、今から楽しみです。

深読みツイン・ピークス③ トレモンド夫人の孫(ジャンピングマンからジュディの正体に迫ってみる)

「The Return」を解読するための旧ツイン・ピークス巡礼の旅シリーズ

第4回「ツイン・ピークス シーズン2を深読みしてみる③」

 

第3章「トレモンド夫人の孫はジャンピングマンの融合体なのか?」

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『The Return』の国内版DVD/BDの発売日が決定しましたので、とりあえず7月まで、ツイン・ピークス関連の記事はゆっくりめに更新していこうかなと思っております。ただ、そうは言っても、前回のトレモンド夫人の考察でかなりジュディの核心に迫ったような気がしましたので(本当に核心なのかはさて置き)、その続きを今回も展開していこうかとは思います。しかし、そんなん言いながら、そもそもこの第4回シリーズは "シーズン2" の深読みのはずで...。いつのまにか『The Return』の核心を考えるシリーズになってしまいました。

まあ、正直に言いますと、前々から言っているようにシーズン2で重要なのはデイヴィッド・リンチが監督した第8話・第9話・第14話・第29話の4話だけではないかと感じているので、それ以外のことについてはあまり深掘りする気は端からございません。逆を言うと、上記の4話以外をツイン・ピークスの醍醐味として楽しんでいた人、例えば、片目のネイディーン怪力話やジェームズ不倫放蕩の旅、物語に関係ありそうで実はそうでもなかったデッド・ドッグ農場事件、ベンジャミン・ホーンの南北戦争ごっこ、裏切りジョシー引き出しの持手に閉じ込められるなど、これらのエピソードを楽しいと思われていた方は、たぶん映画と同様に『The Return』もあまり楽しいものではないのかもしれません。なぜなら、今挙げた数々のエピソードはデイヴィッド・リンチが制作したものではなく、ほとんどがハーリー・ペイトン、もしくはロバート・エンゲルスが拵えたリンチ風ミステリードラマであり、作中でしっかりと起承転結しているのです。そうなんです。リンチ作品はそうはいかないのです。起承転結、もしくは序破急で物語が進むとしたら、リンチ監督は承起結、急序急、こんな感じで物語を進めていきます。困ったことに肝心な "転" や "破" を描かないので、突然物語が終結し、そこに至るまでのプロセスをファンは解読していかなければいけないのです。本当に困った人です。

なので、描かれていない "転" や "破" について、僕がシーズン2で考察、もしくは妄想していくつもりでいるのは「第1章 リンドバーグ事件」「第2章 トレモンド夫人」そして、この「第3章 トレモンド夫人の孫ピエール」になります。このあと「第4章 ホワイト・ロッジ(ブリッグス少佐)」「第5章 ドッペルゲンガー(天使と悪魔)」を半月ペースで更新していこうかとは思いますが、内容によっては今回のようにもう少し時間がかかるかもしれません。いずれも非常に重要視されているキーワードですので、必然的に『The Return』の深読みにもつながっていくと。そんなんで7月までちょいちょい更新していくつもりでおります。

 

1.クリームコーン(ガルモンボジーア)

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ツイン・ピークスの第9話で "痛みと悲しみ" の象徴であるガルモンボジーアことクリームコーンが早々と作品に登場しています。しかし、トレモンド夫人同様、テレビシリーズでクリームコーンが語られたのはこの第9話のみで、その後、映画に登場するまでクリームコーンが何を意味するのか語られることはありませんでした。そして、トレモンド夫人の孫であるピエールは、ドラマ内でこのクリームコーンを自在に操ることができる存在として描かれています。

第9話をもう一度振り返ってみるとしましょう。ローラの代わりに給食サービスの手伝いを始めたドナ。トレモンド夫人に食事を運んでくると、ソファに座っていたピエールが声をかけてきます。夫人しかいないと思っていたドナは突然のことに驚きますが、相手が少年だとわかるとすぐに安堵します。ピエールは「時には、こんなことも起こるんだよ」と指をパチンと鳴らす。すると、クロッシュで覆われたお皿の中にチキンライスと一緒にクリームコーンが盛りつけられているのです。

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それを見たトレモンド夫人は「クリームコーンは要らないと頼んだのに」と訴えます。困惑するドナですが、次の瞬間、「あなた、お皿にクリームコーンが見える?」とトレモンド夫人が囁きます。ドナがお皿に視線を落とすと、たっぷり盛りつけられていたクリームコーンはキレイに姿を消し、なぜかピエールが両手いっぱいにクリームコーンを掬い上げているのでした。さらに困惑するドナを見てずいぶんと楽しんでいるかのようなピエール、いとも簡単に両手いっぱいのクリームコーンを消してしまいます。トレモンド夫人は「私の孫は手品の勉強中なの」とどこか誇らしげで、それを聞いたドナは「なんて素敵なの」と顔を引きつかせます。ピエールは無表情です。

さて、このシーンでわかることは、冒頭でお伝えしたようにピエールがクリームコーンを自在に操ることができるということ、そして、着目すべきはトレモンド夫人がどこかピエールのしもべのような雰囲気を醸し出していることです。訪ねてきたドナをどうするかは、どうやらトレモンド夫人ではなくピエールの一存で全てが決まるように見えるのです。それを裏付けているのが「隣に住むスミスさんに聞いてごらん?」とトレモンド夫人に言われ、ドナは素直に隣のハロルド・スミス宅のドアを叩くのですが、その姿を見て「どうやらいい娘なようだね」とピエールがつぶやいています。言った通りにほいほい動く姿が "いい娘" なのか、それともクリームコーンや「私の魂は孤独」というフランス語の詩にまったく動じなかったから "いい娘" なのかはわかりません。いずれにしても、これらのことからピエールやトレモンド夫人のターゲットはドナの先にあるハロルド・スミスであることがわかり、その結果が第16話に集約されていきます。

旧テレビシリーズから読み取れる情報はこれだけであり、クリームコーン自体がどのような意味を持つのかを推測することはこれ以上できませんので、次に映画『ローラ・パーマー最期の7日間』でのクリームコーンを読み取っていきます。

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まずはフィリップ・ジェフリーズが目撃したとされるコンビニエンスストアの2階にあるミーティングルームに注目します。映画公開時から重要視されてきたこのシーンですが、改めてここに登場しているキャラクターたちを振り返ってみます。

 ◆別の場所から来た男(Man from Another Place)

 ◆ボブ(BOB)

 ◆トレモンド夫人(Mrs.Tremond / Chalfont)

 ◆トレモンド夫人の孫(Mrs.Tremond's Grandson)

 ◆ジャンピングマン(Jumping Man)

 ◆ウッズマン①(Woodsman)

 ◆ウッズマン②(Second Woodsman)

 ◆電気技師(The Electrician)

エンドクレジットで表記されているのは上記の8名になります。まず、ここで注目したいのは "ピエール" の名が消えていることです。デイヴィッド・リンチ作品で名前が与えられないキャラクターというのは、その存在が "象徴的" であるということを現わしています。『ロスト・ハイウェイ』のミステリーマン(Mystery Man)、『マルホランド・ドライブ』のバーン(Bum)、『インランド・エンパイア』のロスト・ガール(Lost Girl)やファントム(Phantom)などと同じ扱いになります。となると、ピエールは単純に "トレモンド夫人の孫" であり、もしかすると何人もいるうちの一人なのかもしれません。トレモンド夫人が3人も存在していたのと同じように、ピエールと呼ばれている孫は手品が得意で、他の孫はまた別人格で存在していると。そう仮定するとテレビシリーズと映画では別々のキャラクターであると読み解くこともできそうなのですが、混乱を招きそうでもあるので、ここではピエールの名前が消されたということだけに留めることにいたします。

さらにこのシーンに登場する小道具を見ていきます。

 ◆フォーマイカのテーブル

 ◆ガルモンボジーア(クリームコーン)

 ◆コンデンサ

 ◆トレモンド夫人の孫が足かけているスチール缶

 ◆電気技師が持っている杖

 ◆ジャンピングマンが持っている枝

 ◆ジャンピングマンが昇り降りするプラスチックケース

『The Return』にも登場していたコンデンサなど、いろいろと考察したい箇所は山盛りではありますが、ピエール同様、ここではガルモンボジーアに焦点を絞って詳しく見ていくことにします。

フォーマイカのテーブルの上にはボールのような大小の銀皿と2つのスープ皿、計4つの皿が並べられ、どの皿にもたっぷりとクリームコーンが盛りつけられています。このシーンで初めて小人の口からクリームコーンが "ガルモンボジーア" であることが明かされます。しかし、それが "痛みと悲しみ" を意味するものだとわかるのは映画のエンディングまで待たなければなりません。

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映画の後半で片腕の男フィリップ・ジェラードは、リーランド(ボブ)の車をしつこいほど煽り、十字路で停まったところで「お前はコーンを盗んだ!オレがコンビニの上で缶詰にしたやつだ!」と叫びます。そして、ローラに向かって「ボブに気をつけろ」と注意を喚起するのですが、結果、彼女は殺害されてしまいます。エンディング、してやったりでロッジに戻ってきたボブに対して、片腕の男は小人と共に再度コーンを返してくれと訴えます。その字幕に "ガルモンボジーア(痛みと悲しみ)" と表記されているのですが、セリフで語られているわけではありません。あえて注意書きのように字幕で説明している辺り、製作者側が鑑賞者にガルモンボジーアの意味を確実に伝えたいという意図があることが窺えます。

苦虫を噛んだボブはリーランドの腹部についた血を全て吸い取り、それをロッジの床にばら撒きます。無事にガルモンボジーア(クリームコーン)を取り戻した小人は、それを旨そうに口に啜り込む。小人が食べる=片腕の男にコーンが戻ってくる、このような等式になります。しかし、この後、闇の中にいるサルが小さな声で「ジュディ」と囁くのです。字幕を見ると、その微かな声の主はフィリップ・ジェフリーズであることが明らかになっています。まるでガルモンボジーアの動向を調査していたジェフリーズが、最終的にジュディを見つけたとでも言わんばかりの演出です。

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このように映画の流れを見てみると "痛みと悲しみ" を求めたボブがテレサ・バンクスを殺害するシーンから始まり、ガルモンボジーアを体現するローラの一週間が描かれ、最終的に片腕の男と小人にクリームコーンを供養することで何かしらの贖罪が得られたと推察することができます。そして、ミーティングルームへの潜入からローラ事件の終幕を迎えたことで、フィリップ・ジェフリーズはジュディに接触することができた、このように読み取ることもできるのです。

ここで再び旧シリーズの第9話に戻り、日本ではあまり馴染みのない丸太おばさんのイントロダクションに着目します。まずは丸太おばさんの解説をそっくりそのまま引用します。

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「"上なる如く、下もまた然り"。人間が位置しているのはその間です。人間の中に広がるのと同じほどの空間が外にもあります。星や月や惑星は、陽子や中性子、そして電子を思い起こさせます。すべての星を包むような大きな存在はあるのでしょうか?我々の思考は我々の内と外の事象に影響するのでしょうか?私はその通りだと思います。クリームコーンの宇宙の営みへの影響はあるのでしょうか?そもそもクリームコーンとはなんなのでしょうか?何かのシンボルなのでしょうか?」

丸太おばさんのイントロダクションは各回の監督によってその重要性が非常に異なるのですが、第9話に関してはこのように既にクリームコーンが "シンボル" であることを視聴者に明かしています。そして、その "シンボル" は、内なる宇宙と外なる宇宙の両方に影響を与えるものだと語られているのです。そこから容易に想像できるのは、『ローラ・パーマー最期の7日間』で描かれていたのは、その "シンボル" の奪い合いだということです。

ここまでの推察を整理すると下記のようになります。

 

  ピエールはクリームコーンを自在に操れる

          ↓

   クリームコーン=ガルモンボジー

          ↓

     痛みと悲しみのシンボル

          ↓

 片腕の男が缶に詰めた(ローラを守ろうとした)

          ↓

    ボブが奪った(ローラを殺した)

          ↓

   小人や片腕の男のもとに帰ってくる

          ↓

  ガルモンボジーア=ローラの痛みと悲しみ

          ↓

 ローラの痛みと悲しみはピエールの手中にある

 

いかがでしょうか。こうして見ていくとやはりピエール、もしくはトレモンド夫人の孫の存在がかなり大きいことになります。そして、シーズン2の冒頭にリンチ監督がクリームコーンを登場させたのは、この "シンボル" がドラマの中枢になると踏んでのことだと推測することができます。しかし、ご存じの通り旧テレビシリーズの物語は予定外だったローラ事件の真相を急遽描かなければならなくなり、第14話以降から物語がシフトチェンジします。そのため予定されていたトレモンド夫人の孫やクリームコーンについてのエピソードがテレビシリーズではほんの障りの部分で終了してしまい、ローラ・パーマーという物語の根幹を描いた映画作品で、リンチ監督が再度登場させたのだと読み解くことができるのです。

さらにはローラ・パーマーという存在が、実は片田舎の謎を纏った女子高生という存在以上の、何か神がかり的な存在であると推測することもできます。旧シリーズの最終話ではドッペルゲンガーとしてクーパー捜査官に悪魔の叫びで牙を剥き、映画ではハロルド・スミスに一瞬だけ悪の表情を見せます。その発展が『The Return』の顔パッカーンであったり、第8章のローラ玉であったり、オデッサのキャリー・ペイジに繋がるのではないかと思うのです。そして、それはジュディとも関係があり、さらにはトレモンド夫人の孫、後述するジャンピングマンとも非常に深い関係があり、ローラママがなぜ新シリーズであのようなオドロオドロしい存在になってしまったのかの説明にも繋がるのです。

 

2.エメラルド・タブレット

ひとまず、クリームコーンがローラの痛みと悲しみであると理解したところで、その "シンボル" が何を指しているのかについて考察していこうかと思います。

『The Missing Pieces』でも描かれていましたが、先ほどのコンビニエンスストアの2階で開かれていたミーティングのシーンでも、登場するキャラクターたちは "シンボル" について語っていることがわかります。小人は「電気。我々は澄んだ空気の血を引く者。上がっては下がる。2つの世界が交わり合う」と語っています。これはまさしく丸太おばさんが語っていた "上なる如く、下もまた然り" が交わったところから "ダグパス" もしくは極めてネガティブな存在である "ジュディ" が出現したことを指しています。これらが意味することは『エメラルド・タブレット』に通じるのです。

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今回の考察で僕も初めて触れたのですが、現代の化学の礎を築いた "錬金術" の基本思想となるのがこの『エメラルド・タブレット』に記された碑文になるそうです。深読みしていくとかなり奥が深く、ヘルメス・トリスメギストスとか、彼の思想を全42巻の本にまとめたヘルメス文書とか、それだけでまた別の考察ができそう...、いやいや、考察だなんて恐れ多い、ここまでくると学者さんにお任せするしかない、とんでもなくディープな領域になってくるのです。エジプトのピラミッドの中から発見されたとか、幻の大陸アトランティス人のトートがこの碑文を記したとか、都市伝説を超えて人類の謎にまで辿り着きそうなスーパーヘビーな内容を、果たしてガルモンボジーアと同等に語ってしまってよいのだろうか?という一抹の罪悪感もございます。なので、ここでは有名とされる "上なる如く、下もまた然り" にだけ照準を合わせようと思います。

この "上なるナンチャラ..." は原文で "As Above So Below"。一般的には丸太おばさんが語っていたように、外なる宇宙(マクロコスモス)と内なる宇宙(ミクロコスモス)の照応を現わしていると言われています。これだけでもなんのこっちゃという感じなのですが、要は外界にある物的現象は僕たち人間の内なる世界(肉体や精神、魂)の中にも同じように存在することを意味しているそうなのです。これが一般論。それを図式にすると下記のようになります。

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これはイギリスの魔術師であり思想家であるロバート・フラッドが提唱した自然哲学を図式化したものですが、ここで注目したい点が2つあります。まず1つはこの図、どこかで見たことあるなぁと感じることです。そうです、内藤仙人さまが熱く語っていたアレです。

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六道輪廻と十二因縁の図です。国も違えば宗教も時代も違うのですが、ここで描かれていることは非常に似通っているのです。たぶん、それは人類というものがやはり集合的無意識という一種のバベルの塔的な統合意識の場でつながっていると、そう考えても結しておかしくなさそうな気がするのですが、まあ、これについてこれ以上深く語ることは避けたいと思います。いずれにしてもツイン・ピークスという作品は、デイヴィッド・リンチ超越瞑想という精神世界、マーク・フロストの都市伝説的な文化人類学や神話を織り交ぜた作品であり、『エメラルド・タブレット』もその一端を担っているものと推測することができるのです。

しかし、この "As Above So Below" には、もう一つ、マーク・フロストが喜んで飛びつきそうなネタがあります。それがイルミナティ

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ヤバイです。完全にオカルトな話になってきました。ここはサクッと要点だけをまとめてさっさと次に移ることにしましょう。上記の画像は "バフォメット" という悪魔をエリファス・レヴィが描いたものですが、もともとはテンプル騎士団偶像崇拝していたことから、悪魔崇拝の象徴として今ではイルミナティのシンボル神になっています。画像を見てわかる通り、右手の三本指は天を指さし、左手の三本指は地を指しています。これが "As Above So Below" 上なる如く、下もまた然りを表していると言われています。このバフォメットという悪魔は諸説ありますが、一説では「神から悪魔になり、悪魔が神になる者」「もともと羊だったものが山羊に変わった者」とされています。この一種の両性具有のような表裏一体の考え方が "As Above So Below" 、天も地も、神も悪魔も、男も女も、クーパーと悪クーパーも、全ては紙一重だということを現わしています。

先ほどのロバート・フラッドと六道輪廻の図が似通っているのと同じように、このバフォメットのポーズとまったく同じ宗教的な偶像が存在します。それが「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」

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なんだか内藤仙人さまのブログみたいになってきましたが、このお釈迦様の像や世界一の大きさを誇る牛久の大仏さまもどちらも「天上天下唯我独尊」を現わしています。その意味は "世界中でお釈迦様だけが尊い存在" であると、要するに天地合わせて俺様が一番偉いんだぞと、そう解釈されるのが一般的らしいのですが...、ちょっと調べてみると実はそんな自己ちゅうな話ではない事がすぐにわかります。

バフォメットと同じように天と地を指さしているのは "上なる如く、下も然り" と同じように "世界の構図" 、要するに私たちの精神世界までもを内包した、この世の宇宙全体を現わしているということ。そして「唯我独尊」はオレ様イチバンではけっしてなく(それをポリシーにされている方もいるかもしれませんが...)、我々、魂・命を持った全てのものが尊い存在なのだという意味になり、簡単に言ってしまうと「この世に存在しているもの全てが尊い存在」なんだとお釈迦様は伝えたかったそうなんです(内藤仙人さま、この解釈でよろしいですか?)。

となると、クリームコーン(ガルモンボジーア)のシンボルにはダブルミーニングがあることがわかります。一つは神も悪魔も表裏一体であるということ、そして、ここに存在しているものは神でも悪魔でも尊い存在であるということです。ここでもう一度ロバート・フラッドの図に戻り、注目すべき2つ目の点を見てみましょう。

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図の中心でサルが世界を操っています。外なる宇宙(マクロコスモス)と内なる宇宙(ミクロコスモス)は表裏一体で尊い存在ではありますが、それを支配していたのはサルだったことになります。

以前、『ローラ・パーマー最期の7日間』の考察でも語りましたが、そこで出した結論は、サルが馬を導く存在であり、劇中で登場する白い馬は "死" の象徴であるということでした(参照:『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』を考察する)。そして、サルはジャンピングマンの仮面の裏に隠れ、トレモンド夫人の孫と同一的な存在でもあり、映画の最後の最後で「ジュディ」と意味深に呟いていたのはフィリップ・ジェフリーズでした。

白い馬の幻は、旧シリーズの第14話でマデリーンが殺害される前にローラママが幻視しており、映画でも同じようにローラが殺害される前に幻視しています。前回のトレモンド夫人の考察では、ベルゼブブという悪魔がボブの化身であり、女型である悪魔ジョウディは蛇女リリスを現わしていると。さらには、その名はローラママの本名に隠されていたことがわかりました。『The Return』でのローラママは確実にジャンピングマンと同一の存在として描かれ、第8章ではエクスペリメントが吐き出したトビガエルを体内に取り入れたというビギニングまでが明らかにされています。さてさて、この散らばった点を線でつないだ先に、果たしてジュディの存在が炙り出てくるのでしょうか?

 

3.ジャンピングマンの正体

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ガルモンボジーア=ローラの痛みと悲しみ、トレモンド夫人の孫ピエールはクリームコーンを自在に操ることができる存在、シンボルは天地が表裏一体で尊い存在であること、そして、その世界を支配していたのがサルだったことがわかりました。では、なぜトレモンド夫人の孫はジャンピングマンの仮面を被り、リーランド(ボブ)を嘲笑うかのように、雨上がりのモーテルの駐車場をピョンピョンと跳ねていたのでしょうか?

それを紐解くために、先述したコンビニエンスストアの2階のミーティングシーンをもう一度振り返ります。ミーティングルームに集まった8名の中で、注目すべきはトレモンド夫人の孫だけが糸の切れた操り人形のようにソファに寝そべっていることです。そして、『The Missing Pieces』では、激怒しているボブに対して「Fell a victim(犠牲者になれ)」とあろうことか指示まで出しているのです。このテキストの冒頭でトレモンド夫人がどこか孫のしもべのような存在であると指摘しましたが、同じようにここでもトレモンド夫人の孫はミーティングに集まった8名の中で中心的な発言をしているのです。そして、それに呼応するかのように台の上に立っていたジャンピングマンは雄叫びを上げます。

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ここから読み解けることは、ジャンピングマンはトレモンド夫人の孫の身体を借りて、なぜかボブの邪魔をしようとしていることです。リーランド(ボブ)がテレサ・バンクスのモーテルでローラの姿を見かけてしまった時も、ほれ見たことか、ほれ見たことかと駐車場でピョンピョン跳ねていました。トレモンド夫人と共にローラに扉の絵を渡した時も「仮面をした男がページを破られた本を探してる。隠し場所に向かってる。今はファンの下にいる」と、ボブが日記を探していることをローラに忠告し、さらにはリーランドがボブの仮面を被っていることまで明かしています。これらの行為はローラをボブの脅威から助け出そうとしているのか、もしくはローラの痛みと悲しみを助長させようとしているのか、どちらとも読み取れる表裏一体の構造になっています。さらにボブの混乱まで導いているあたり、かなりの策士であることが伺えるのです。

ここで一つ確定できることは、トレモンド夫人の孫はジャンピングマンの化身、もしくは操り人形であるということ。そして、トレモンド夫人の孫ピエールの中身はからっぽであり、旧シリーズ第9話でクリームコーンの手品をしていたのは他でもないジャンピングマンだったと結論づけることができるのです。となると、ジャンピングマンはクリームコーン(ガルモンボジーア)を自在に操ることができる存在であり、ローラの痛みと悲しみを手玉にとることができるということになります。

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では、そのジャンピングマンとはいったいなんなのでしょうか?まずはその容姿に注目してみると、小人(別の場所から来た男)と同じように全身真っ赤なスーツで身を包んでいます。小人は片腕の男の悪の部分を切り落とした存在ですので、それと同義であるとするならジャンピングマンも悪の存在であると読み解くことができます。もっと言うと小人の悪の部分を抽出した存在がジャンピングマンであると。ここまでは世界中のピーカーが考察していることなので別段真新しいものでもなんでもありません。

ジャンピングマン=悪の存在と定義づけるなら、今まで読み解いてきたガルモンボジーアを自在に操ることができたことも、純粋に人々の "痛みと悲しみ" を供物として搾取する超自然的な存在であるからと読み解くことができ、さらには悪であり善でもあるという表裏一体の存在であるとも定義付けることができます。それはイルミナティのシンボルである "バフォメット" に通じ、コンビニエンスストアの2階で箱の上を上ったり下りたりジャンプしていたのは "上なる如く、下もまた然り" を身体全体で体現していた、要するに上の世界にも下の世界にも自由に行き来できる存在であるからと結論できるのです。

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問題は『The Return』でローラママ・セーラがジャンピングマンと同一で描かれていることです。先ほど、旧シリーズや映画でトレモンド夫人の孫の姿をジャンピングマンが利用していたと定義したばかりですが、新シリーズになるとその定義が一瞬で覆されてしまうのです。

上記の画像は『The Return』第15章で悪クーパーがフィリップ・ジェフリーズに会うためコンビニエンスストアを訪れた際、ウッズマンがコンデンサの電源をオンした時に現れるものですが、このシンクロニシティは書籍『ファイナル・ドキュメント』でボブや第8章の「火、あるか?」ウッズマンと意味ありげに同列とされています。さらには『The Return』の第14章でトラック・ユーの首を食いちぎったシーンを振り返ると。

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ローラママが顔パッカーンした際に、まず飛び出てくるのがジャンピングマンの象徴である尖った鼻なのです。ほんの一瞬、まるで電気がほとばしるかのように飛び出てくる辺り、先のコンデンサ、映画で叫んでいた「電気(Eleeeeectricaaaaal)」と同じ意味を持っていると解釈することができます。さらにはこの仮面の取り外し方は、映画でジャンピングマンの仮面を外すトレモンド夫人の孫とまったく一緒です。そして、ローラママがなぜこの鋭利な鼻を手に入れたかというと『The Return』第8章でトビガエルを体内に取り入れたからでした。

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そのトビガエルを見てみると顔らしき箇所にジャンピングマンと同じ鋭利な鼻を携えているのがわかります。これらは既に海外のピーカーたちが発見したものを単になぞっているだけなのですが、肝心なのは、旧シリーズでは "死" の象徴であった白い馬を幻視するに留まっていたローラママが、なぜ新シリーズでは馬を導くサルを仮面で隠していたジャンピングマンと同等の存在になったのかです。そして、その根源である卵を吐き出したエクスペリメント、同時に産み出されたボブ玉、その存在に気づき消防士が産み出したローラ玉、それらの中心にいるのがやはりローラママであるという事実はなんなのか?ということです。

そんなローラママの根底を探る前に、ここで一旦、ジャンピングマンについてまとめると。

 

 ジャンピングマン=悪の存在=悪魔

        ↓

    鋭利な鼻=トビガエル

        ↓

  トビガエル=エクスペリメント

 

このようにジャンピングマンはエクスペリメントから産まれた悪の存在であったことが理解できるのです。そして、特筆すべきはトビガエルのように鋭利な鼻を持つ悪魔が実際に存在することです。それが前回のトレモンド夫人の考察でボブと等式であると結論付けた悪魔 "ベルゼブブ" になります。

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この "ベルゼブブ" については映画『エクソシスト』の考察でも触れましたが、もともと悪魔ではなく恵みの神バアル・ゼブル(気高き主)と崇められていました。それが新約聖書では悪霊の主ベルゼブルと変換され、ハエの王と呼ばれるまでに貶められています。『エクソシスト』の元ネタの一つとされている、実際にフランスで起きた悪魔祓い事件「ランの奇跡」で、16才の少女に憑依した悪魔がこのベルゼブブであるともされています。これらのことは今まで読み解いてきた神も悪魔も表裏一体であるということに通じ、『ファイナル・ドキュメント』でタミー・プレストンFBI捜査官がジュディの起源である男型がバアルであるとされる一翼も担っています。そこから前回、ボブと等式であると定義づけたのですが、するとこんな等式が必然的に導き出せます。

 

ボブ=ベルゼブブ=ジャンピングマン=ローラママ

 

さて、ローラの両親であるリーランドとセーラがここで同列になってしまいました。男型のバアルが "ローラパパ" であるとしたら、女型のジョウディは "ローラママ" であると定義することが容易にできるのです。では、ローラママがゴードン・コールが語っていた "極めてネガティブな存在" であるジュディと同一であるのかをさらに探っていくとしましょう。

 

4.ジュディに至る目的とはいったい何か

ここまでくると旧シリーズを振り返るどころではなく、完全に『The Return』の考察になってくるのですが、いいでしょう、とことん推し進めてみようではないですか。

まずはツイン・ピークスの作品内で "ジュディを求める" もしくは "ジュディ" のことを口にしていた人物たちを整理してみます。

 

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◆フィリップ・ジェフリーズ(Phillip Jeffries)

青いバラ特捜チームの中心的メンバーであり、ブエノスアイレスの潜入捜査でジュディの存在に迫る。シアトルにある "ジュディの店" で何かを見つけたらしいが詳細は不明。1975年に起きた青いバラ事件ではロイス・ダフィーが目の前で消失する瞬間を目撃している。『The Return』では既にジュディと接触している節があり、特殊な力(タイムトラベル、もしくは次元の超越)を手にしている。

 

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◆ゴードン・コール(Gordon Cole)

青いバラ特捜チームの指揮官であり、そのキャリアは1975年の青いバラ事件の解決に費やされている。フィリップ・ジェフリーズやブリッグス少佐からジュディの存在情報を集め、太古の呼び名は "ジャオデイ" であったことを突き止める。ジュディに辿り着くための計画を進めている最中にブリッグス少佐は命を落とし、クーパー捜査官は消息不明となってしまう。

 

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◆クーパーのドッペルゲンガー(Cooper's Doppelganger)

旧シリーズ最終話でクーパーをロッジに閉じ込めたあと、本人に成りすまして現世に現れる。ジュディの存在に気づいたブリッグス少佐を執拗に追い求めその命を奪い、フィリップ・ジェフリーズと名乗る者と共同でニューヨークのペントハウスにエクスペリメント捕獲装置を設置する。僕個人の解釈としては、彼はウィンダム・アールの別の姿であり、"ダグパス" と呼ばれるブラック・ロッジの力を手に入れた彼は、さらなる力を手中に納めるため、ジュディの居場所である "座標" を追い求めている。

 

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◆ガーランド・ブリッグス(Garland Briggs)

旧シリーズでウィンダム・アールにハロペリドール漬けにされたブリッグス少佐は、クーパーら保安官事務所の面々に保護された際、朦朧とした意識の中でジュディのことを口にしている。

 

以上の4名が作品内でジュディの発言をし、ブリッグス少佐以外の3名は何かしらの目的を持ってジュディを追い求めていることがわかります。そして、その3名はいずれも青いバラ特捜チームのメンバーであり、青いバラ事件とも関連を持つ人物たちでもあるのです。

ここで先ほどのローラママ・セーラが彼らが追い求めているジュディであると仮定すると、フィリップ・ジェフリーズ以外は既にローラママと作品内で対面していることがわかります(悪クーパーについては、元のクーパーの記憶や人格を全て内包していると捉えます)。ジュディと呼ばれる存在がサルと同じようにローラママという仮面の下に隠れているとしたら、既に対面していたとしてもリーランドの中に隠れていたボブと同じように彼らはそれに気づくことは出来なかったはずです。しかし、逆を言うと、作品内でそれらしい演出も一切されていなかったのです。ローラママはあくまでローラママであり、新シリーズでトラック・ユーへの噛み千切り事件など極めて暴力的な表現があったとしても、それが先の人物たちの目的となるような描かれ方ではなかったのです。

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唯一の仲間外れであるフィリップ・ジェフリーズとローラママの関係についても考慮してみるとします。若かりし頃のローラママがシアトルにあるワシントン大学で既にローラパパと恋人同士の関係であったことが『シークレット・ヒストリー』で明かされていたことから、もしかするとシアトルの "ジュディの店" でフィリップ・ジェフリーズが見つけたものがローラママだった可能性もあります。新シリーズでは唯一ジュディと接触し、先述したように次元を行き来できる特殊な力を身につけているジェフリーズ。この力はまるでジャンピングマンの上の世界も下の世界も行き来できる力と同じように見えますが、しかし、だからと言って、そこから何が見えてくるのか?というと、何も見えてこないのです。

では、彼らはジュディを追い求めることによって何を解決しようとしていたのでしょうか。一つ言えるのは、アメリカ政府が極秘裏に進めていた "ブルーブック計画" から連なる不可思議な事件を解決しようとしていた、と仮定することができます。しかし、その不可思議な事件の一つであるローラ・パーマー殺人事件は、ローラパパ・リーランドが犯人であったと明かされた時点で既に解決しています。マデリーン・ファーガソンテレサ・バンクスも全てリーランドの仕業であったことが作品内で明確にされてもいます。

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『The Return』での被害者であるニューヨークのサム&トレイシーやルース・ダヴェンポート殺人事件を考慮してみても、そこに関わっていたのは悪クーパーであって、決してローラママではありませんでした。ダイアンの化身(トゥルパ)も、ブリッグス少佐が死を偽装した政府施設の火事も、事の発端は悪クーパーによるものでした。ビル・ヘイスティングスの妻も、ビルの秘書を車の爆発で殺害したことも然り。そうなんです、いずれの事件もリーランドであったり悪クーパーであったりしている。要するに不可思議な事件の首謀者とされるのはあくまで "ボブ" であり、決してローラママである "ジュディ" ではないのです。

ならば、彼らはなぜ極めてネガティブな存在である "ボブ" を追い求めず "ジュディ" を追い求めたのでしょうか?なぜフィリップ・ジェフリーズは1989年2月23日の場所でジュディを見つけるだろうとクーパーに予言をしたのでしょうか。

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『The Return』第17章を振り返ると、1989年にタイムスリップしたクーパーは、ジャック・ルノーやレオ、ロネットのもとへ向かおうとするローラの前に突如として現れ、「家に帰ろう」とその手を取ります。このクーパーの行為は世界を一変させ、ローラ・パーマーが死んでいない次元を作り出しました。しかし『ファイナル・ドキュメント』を見るとローラ失踪後も、クーパーはツイン・ピークスを訪れ何かしらの捜査を行い、ローラパパ・リーランドは娘を失った悲しみから1990年2月に自殺をしています。ローラママは次元が変わってもやはり孤独な生活を送ることとなり、結果的にはローラが殺されても失踪をしても状況は変わらないことになるのです。

ここでローラママ=ジュディの仮定に立ち返り、青いバラ特捜チームの行きつく先がローラママであると一度確定してみるとします。すると、そこから見えてくるのは孤独な老婆の成れの果ての姿であり、決して "ブルーブック計画" から連なる不可解な謎の解明には繋がらないのです。しかし、半ば強制的にトビガエルが体内に入り込んだこと、娘も夫も失うという孤独、暴力的な面と穏やかな面の二極性を考慮すると、極めてネガティブな存在の "被害者" 、もしくはトレモンド夫人の孫と同じ "操り人形" であるという見方ができます。そうすると、ローラママ自体がジュディではなく、ローラママを操っている何者か、もっと言うとローラママ内なる宇宙(ミクロコスモス)に存在する何者かがジュディということになるのです。

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となると、もうこれしかありません。女性の乳房をもつこの両性具有の存在であるエクスペリメントがジュディであると確定することができます。1945年のトリニティ実験の際に次元の狭間から姿を現わし、1956年にはニューメキシコのAMラジオ局を襲撃、6分間に渡って不穏な語りを放送している。1975年にはオリンピア青いバラ事件を起こし、1988年にテレサ・バンクスが、1989年にはローラ・パーマーが殺害されています。驚くべきことは、これらの事件が発生した場所の近くに必ずローラママの存在があることです。彼女が事件の首謀者ではありませんが、なぜか彼女の近くで事件が起きているのです。まるでローラママがこのような事件をことごとく引寄せているかのようであり、それによって生じる "痛みと悲しみ" をジュディが貪っているかのようです。

そして、フィリップ・ジェフリーズが予言していた1989年のジュディはなにかと言うと、カリカリ音の正体、ローラを連れ去った者の正体であるジュディ、要するにアルルのヴィーナスということになります。

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前回の考察で、この石像が意味するものはイヴではなく蛇女リリスであると定義づけました。そもそもリリスとはなんぞや?という話かもしれませんが、簡単に言ってしまうと聖書で語られているアダムの最初の妻、アダムと同じように土くれから造られた人類最初の女性がリリスであると言われているのです。いやいやいや、人類最初の女性はイヴなんじゃないの?と思われるかもしれませんが、実はイヴの前に女性は存在していて、アダムがこの女言うこと聞かないからヤダ!って捨ててしまったのがリリスであり、今度は言うこと聞く女がいいといって自分の肋骨から造り出されたのがイヴなのです(すいません、随分と砕けた乱暴的な言い方をしてます)。いい子ちゃんなイヴが気に入らないリリスは蛇となって禁断の果実を食べるようそそのかし、その後、堕天使サタンと婚姻を交わしたとも言われています。

いずれにしてもジュディの原形がリリスであり、その悪意が産み出したものに人類は翻弄されていると、そんな風に読み解けるのではないかと思うのです。

トレモンド夫人の孫から始まり、随分なところまで辿り着きました。次回は、そんなジュディへの攻防を試みたホワイト・ロッジの存在について妄想したいと思います。

【コンフィデンスマンJP】弁天水が全てを解き明かす!ドラマ世界の時間軸を勝手に妄想してみた!

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さて初のオケラだった今回のコンフィデンスマン。物語としては美濃部ミカや大沼秀子の、一本筋の通ったアスリート並みの目標意識を貫く姿勢、もしくは人生に対して全身全霊で何かを成し遂げようとする想いに、普段から長いものに巻かれまくってる僕は身につまされる思いだったのですが...。

「美のカリスマ編」ということで、どこか『プラダを着た悪魔』を彷彿させるようなパロディを挟み込みながら(美濃部ミカの出社シーンやダー子が化粧で別人かと思えるほどに変身したりなど)、美の本質は化粧ではなく本来持っている素材そのものなのだという逆説を訴えたり(ぽってり下っ腹のほのかちゃんが容姿同様、思考回路までぽってりちゃんだったことなど)、今回もさりげなく高レベルで楽しませてもらったのですが、それよりも何よりも、この第8話になってやっとこのコンフィデンスマンという世界のパラレル感というか、時間軸がわかり始めたことです。

前々からダー子のフェルメールであったり "ウナギのカレー煮" であったりと、作品内で小道具があちこちで顔を出していたのですが、今回の "弁天水" によってそれらが実はあちこちに散らばった伏線である可能性が見えてきました。脚本の古沢さんは「現場での遊び心」と言っていましたが、実はそれだけではないような気もするのです。なので、まずは第1話からズラーッとその小道具関連を洗い出してみることにしましょう。

 

 【第1話】

◆いわき空港にMIKAブランドのポスターが貼ってある

 

 【第2話】

◆民宿「八五郎の宿」に "うなぎのカレー煮" のダンボー

◆民宿「八五郎の宿」の本棚に『幻を求めて』 

桜田リゾート「鈴の音」にMINOBEの化粧品 "弁天水"

 

 【第3話】

◆伴ちゃんが "うなぎのカレー煮" を食べている

 

 【第4話】

◆ダー子の部屋のテレビに『ドクター・デンジャラス』

 

 【第5話】

◆野々宮ナンシーが猫ノ目八郎の『ヤバイ!』を読んでいる

◆ダー子のフェルメールが野々宮総合病院に飾られている

 

 【第6話】

なし

 

 【第7話】

◆夜桜の麗が経営していた裏カジノの日本刀(柄が色違い)

◆夜桜の麗が経営していた裏カジノの金庫(飾りが多い)

◆銀座カフェバー「スワンソン」のボンボン時計(メーカーが一緒)

◆第70回鎌倉市民花火大会の協賛に「公益財団あかぼし/桜田リゾート/斑井コンサルティング」が名を連ねている

 

 【第8話】

◆MIKAブランドの受付にダー子が作った土偶となんちゃってオジサンの埴輪

 

いかがでしょう。細かく探すとまだ出てくるのかもしれませんが、とりあえずこんな感じで縦横無尽に小道具が行き交っています。その中で着目したいのが第6話、ウッチャンが登場した『古代遺跡編』だけが、どこともリンクしていないのです。ここをゼロ起点として物語を紐解いていくとコンフィデンスマンの時系列が垣間見えてくるような気がするのです。

もともと、このコンフィデンスマンは先に撮影を全て撮り終えており、放映順序も撮影順序も第1話から順繰りに撮り始めたわけではないことが副音声などで既に明かされています。古沢さんも長いストーリーをブツ切りにしたわけではなく、単純に一話完結でそれぞれ脚本を書き始めたと語っていました。来週の第9話、そして最終話で、ここで紐解いたことがひっくり返される可能性は充分にありますが、まずは現段階でわかることを時系列に沿って整理していこうかと思います。

 

①花火大会に協賛の名を連ねていることから時系列として一番古いのが与論要蔵の物語であると仮定します。与論要蔵が毎年楽しみにしていた花火大会に協賛していることから推測するに赤星栄介・桜田しず子・斑井満の3名は与論要蔵と顔見知りの可能性が高い(もう一つ協賛に名を連ねている "モスモス" は詳細不明)。さらにはダー子の子猫ちゃんたちも含めて巣鴨のキンタ・ギンコとの出会いはその後の計画性に何かしらの暗躍を及ぼしているかもしれない。与論宅で食べた卵かけご飯が素晴らしく美味しかったため、山本巌の "天賜卵" を取り寄せるきっかけにもなったのかもしれない。

 

②MIKAブランドの受付に土偶があることから、ダー子たちは与論要蔵の次に斑井満に照準を合わせたと考えられる。そこで大量の縄文土器を捏造し、五十嵐のネット拡散で集まった在野の中にいた誰かがMIKAブランドに就職した、もしくはもともと在職していた可能性が高い。ダー子はなんの変哲もない山を買い取り、それを斑井に譲渡しているが、ここから時が経ち、数年後には映画『立ち上がれ つわものどもよ』の撮影で再度訪れている。

 

③伴ちゃんが "うなぎのカレー煮" を食べていることから、斑井満の次に照準を合わせたのは古美術商である城ヶ崎善三になる。ここでダー子はフェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」を模した「パール、あるいは、少女」を創作する。この絵はネットオークションで高額取引され、競り落としたのは野々宮総合病院の理事長である野々宮ナンシーだった。

 

④いわき空港にMIKAブランドのポスターが貼られていたことから、城ヶ崎善三の次は赤星栄介がターゲットにされている。ダー子たちは、既に会社を手放し、山で遺跡発掘に勤しむ斑井満に、いわき空港捏造の場所を密かに教わっていた可能性がある。桜田リゾート運営の「鈴の音」にあるMINOBE化粧品 "弁天水" のラベルには日本地図が描かれ、そこに東京・山形・鳥取辺りに意味深な印がついていた。鳥取砂丘に降り立った赤星栄介はそこで何かを発見し、美濃部ミカと何かしらのコラボレーションをしているのかもしれない。

 

⑤先の "弁天水" のブランド名がMIKAからMINOBEに変わっていることから、赤星栄介の次は美濃部ミカがダー子たちと対決していると読み取れる。既に斑井満と懇意になっているダー子たちは山形の人知れない山村を美人村に作り上げる。しかし、美濃部ミカは手強く、さらにはその思想にあろうことか共感までしてしまったダー子たち。だが、ぽってりエスティシャンほのかちゃんのリークで美濃部ミカは社長の座を退くことになる。その後、見事に返り咲いた美濃部ミカはブランド名をMINOBEに変更した。

 

⑥民宿「八五郎の宿」に "うなぎのカレー煮" のダンボールがあることから、美濃部ミカの次のターゲットは桜田しず子。ここでも斑井満の力が働き、もともと斑井万吉のファンであった八五郎さんを利用しながらダー子たちは桜田しず子を貶めていく。経営者が交代しても破竹の勢いが止まらない桜田リゾート。そのリゾートホテルに泊まりに来たダー子たちは "弁天水" を見つけ、遠まわしに美濃部ミカを超一流と褒め称えている。

しかし、懸念すべき点が一つだけある。この時点でボクちゃんはまだ五十嵐を知らないでいる。ダー子の影の存在として暗躍する五十嵐は、桜田しず子編以降、第四の存在としてボクちゃんとも顔見知りになっている。この点をボクちゃんが五十嵐を完全に知らなかったと定義するなら⑥は①よりも前のことということになり、ここまでの理論はご破算になり、数々の小道具の存在ももう一度並べ直す必要がある。

もしくは五十嵐を知ってはいたが、八五郎の島では本気で殺されるかもしれないと思い込み、その後の「お前は誰なんだ!」につながるとしたら、それはそれで首の皮一枚でつながるのかもしれない。

 

⑦ボクちゃんと五十嵐の関係性が継続できるものとして整理していくと、ダー子の部屋のテレビで劇中劇『ドクター・デンジャラス』が放送されていたことから、桜田しず子の次は俵屋勤がターゲットになっていると推測できる。奇しくも美濃部ミカとの出会いで美や色気に興味を示し始めたダー子が、場末の映画館でマリリン・モンローの研究をしていた帰り道に俵屋フーズの工場長である宮下さんと出会っている。ただし、この⑦と⑥は逆の可能性もある。マギー・リンが美濃部ミカの影響により産まれたキャラクターであると定義するなら、桜田しず子は俵屋勤よりも後の事と考慮せざるを得なくなる。そうするとボクちゃんと五十嵐の関係性がより重要視されてくる。

 

⑧現段階で時系列順に見ると野々宮総合病院の野々宮ナンシーが一番新しいことになる。猫ノ目八郎が書いたトンデモ本『ヤバイ!』を熱心に読み耽っていたが、どうやらナンシーはダー子たちがネットに出した紛い物たちに、あろうことかことごとく引っかかっているようである。もしくは密かにユーチューバーを目指していた新琉がネットサーフィンで網にひっかかっていた可能性もある。さらには野々宮ナンシーと美濃部ミカが知り合いであると考えることも充分できる。

 

こんな感じで一つ一つの物語を俯瞰して、コンフィデンスマンという世界の時間軸を大きく捉えることが可能ではないかと。さらには各話での時間経過も簡単に1年後とか数か月後とか出てくるので、いろんなエピソードが同時進行で運んでいる可能性も充分にあります。

こうして見てみると経済ヤクザだった与論要蔵と日本のゴッドファーザーと呼ばれた赤星栄介の二人には何かしらの関係性があるのではないかと憶測できますし、あちこちの土地を転売していた斑井満と日本中にシェアを構える桜田しず子も顔見知りだった可能性があります。今回初めてオケラだった美濃部ミカは他のターゲットに比べて明らかにダー子たちにとって特別な存在であると言い切ることができます。異色なのは城ヶ崎善三と俵屋勤の二人。彼らはダー子たちにとって、ほんの息抜き程度の遊び相手でしかなかったと。そうするとダー子たちのラスボスは巷で噂になっている赤星栄介の再登場、もしくは彼らさえも裏で動かしていた大きな存在であると考察することも可能ではないかと。

まあ、そうは言っても、これらは僕の完全な妄想なので、来週あっさり覆されるかもしれません。そうなったらそうなったで、また別の妄想を広げてみます。

【コンフィデンスマンJP】ダー子は駄々っ子!リチャードはジイジだった!極上のホームドラマが織り成す現代の家族像

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さて、ガッキーネタで盛り上がったコンフィデンスマン第7話「家族編」。今回はかなり特殊な回だったと思うのですが、なにが特殊だったかをまとめてみると。

 1.ほとんどが与論要造の屋敷という一幕劇

 2.疑似家族という現代性

 3.家族の永遠のテーマ "遺産相続" を扱った

そうなんです、今までのハチャメチャでとっちらけ路線を根底から覆すような、非常に上質な物語が綴られているではないですか。場面転換の激しさ(第1話のカジノやマニラ、第4話の京都撮影所や合戦の撮影場所など)も、まるでヒッチコックのロープのような(かなり言い過ぎ)、もしくは三谷幸喜さんの「今夜、宇宙の片隅で」のような、とてもシンプルで、まるで舞台でも見ているような質の高い構成になっていたし。マンガ「3月のライオン」や「マルモのオキテ」のような、疑似家族のほんのちょっとした幸せ像も、このハラスメントだらけのギスギスした現代への緩和剤になっていた。さらにはシドニー・シェルダン(古い!)やアガサ・クリスティのような遺産相続を巡るドンデン返しに次ぐドンデン返しは、古沢っ見事!と喝采を送らずにはいられません。観終わった後にホロリとする感じは、あの今までのエロネタはいったいなんだったんだ!と、日活ロマンポルノの大団円に涙してしまうような解放と浄化を促してくれるではないですか。副音声で古沢さんが「この第7話の設定だけでワンクール作れそう」と仰っていたように、なんでしょう、極上の短編集の中の一番出来のいい作品というか、ここから話を広げて長編が書けそうな、そんな仕上がりになっていたのです。

副音声ではさらに裏ネタを披露してくれて、ダー子・ボクちゃん・リチャード・五十嵐はトランプのクイーン・ジャック・キング・ジョーカーをイメージして設定されたということ。

クイーン=女王=わがまま=駄々っ子=ダー子

ジャック=王子=世間知らず=ボクちゃん

キング=ジイジ=みんなを見守る

ジョーカー=神出鬼没=不思議な奴=五十嵐

もともとは五十嵐がリチャードで、リチャードはジイジの愛称だったようなんですが、小日向さんの配役が決まった時点で、ジイジではなくリチャードの愛称に変わったと。で、もともとのリチャードはイケメンで神出鬼没の設定だったけど、それがシンプルに五十嵐になった(笑)。こういう裏設定をもっと聞きたかったんだけど、どうも数字の話やリーガル・ハイ絡みの話ばかりで、もう五十嵐!もうちょい突っ込んだところ聞いてくれよ!と、妙にじれったい感じではありました。

いずれにしてもボクちゃんがネタバレしてましたが(現実でもボクちゃんはボクちゃんだった)、残り3話、このコンフィデンスマンの世界を楽しめるのも残り少なくなってきてしまいました。来週は美容整形がネタ。なんとなく第2話の桜田しず子、第4話の俵屋勤、第5話の野々宮ナンシーを彷彿させますが、そこを次週の演出家がどう料理するのか?ああ、また三橋さんだったら、いいなぁ。

【コンフィデンスマンJP】自分探しの果てにあるのは充実という名の幸せなのか?

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病院ものをブッ込んで2桁視聴率を目論んだ「コンフィデンスマン」ですが、結果0.1%のアップと、なかなか数字に結びつかないこのドラマ。既に全話分を撮影済のようなので、ちょうど折り返し地点を迎えたところで話題性をかっさらいたいところではあったようなのですが、どうやらハマる人だけがハマっているだけの状態のようです。まあ、しゃあないんやないかなぁ。逆にこれが18%だ23%だと言われた方が世の中おかしいような気もします。(ちなみに今回は8.2%。微妙だ...)

さて、ウッチャンがゲストの第6話は「古代遺跡編」。ターゲットになるのは過疎化する老人地域を巧みに買収する悪徳コンサルタント斑井満(まだらい・みつる)。コンサルで〇井と聞くと、かの〇井を彷彿させるのですが、その創業者〇井氏がオカルティストだったことから、今回の古代遺跡のトンデモ都市伝説に発展したのかと勘繰ってしまいます。しかし、結論から言うと、この斑井さん、そんなに悪人じゃないんですよね。表向きは村おこしの施設開発と謳って、みなさん大好きクリーンで地域貢献度の高いイメージを売りつけていますが(それこそ地域一番店みたいなね)、その裏ではさっさと産廃業者に土地を売り飛ばしてしまうと。要するに相続の関係から維持できない土地を適正価格で取得し、それをオリンピックなどの都市開発で重要となる産廃問題に利用しているだけなのです。至極、真っ当じゃないですか。考えても見てください。今から20年30年前のお台場だって、カラスちゃんたちの "夢の島" だったんです。

どちらかというとボクちゃんですよ。都市生活から離れた山間で、あまりにも普通すぎるラーメンに感動している時点で、既に "ボクちゃん" なんです。おかしいでしょ。超普通のラーメンなんだよ。"素朴" と言えば聞こえがいいかもしれないけど、"味気ない" "地味" って言ったら、ねえ?どうなのよ?ここで既に僕たちは騙されているのです、ボクちゃんに。一般論を疑うことから物語が始まっているのに、いつの間にかその一般論が正解だと思ってしまっている。自然を残すことは大切だ、地域に貢献することは大切だ、老舗の味を残すことは大切だ。果たして、斑井さんとボクちゃん、いったいどっちが悪徳コンサルタントなのかわからなくなる作りになっているのです。まるで第4話の宮下さん状態。あんた、被害者ぶってなんか企んでない?と思ってしまうのです。

いずれにしても今回、斑井さんが己のルーツに立ち返ることが物語の軸になっています。今いる自分は果たして目指していた夢見ていた本当の自分なのだろうか。そんな自問自答をコメディアンであるウッチャンが超大真面目に演じている。このドラマのテンションでウッチャン登場となったら、できればイッテQ並みにはっちゃけて欲しかった気もするのですが、完全にその裏をかいた作りになっているのです。その意図はわかるのですが、う~ん、どうなんだ。なんか妙にマジメで肩透かしを喰らった感じです。

それもたぶん演出の金井紘さんのカラーではないかと思います。第2話の桜田しず子然り、第4話の俵屋勤然り、今回の斑井満も、出てくるゲスト人みんな "本当はやりたくて仕方ない事" を押し殺して、富や地位・名声に走っているのです。それを先週の演出だった田中亮さんのように十歩も百歩も突き抜けたエンターテイメントに料理してもらえると楽しめるのですが、金井さんのようにどこかマジメに描かれてしまうと、妙にシラけてしまうというか、どこに "コンフィデンス(信頼)" を置いたらいいかわからなくなってしまうのです。 そうなると第4話の時に囁かれていた「なんか騙されている俵屋社長が可哀そう...」という善悪逆転の視点が生まれてしまう。

副音声では五十嵐とボクちゃんのコメンタリーが放送されていましたが、小さいネタでいくとレキシの歌とアフロだったり、十色村(じっしきむら)→といろむら→トロイなんていうアナグラムだったり、斑井パパが書いた『幻を求めて』全18巻が第2話の八五郎の宿の本棚に飾られているとか(こんなんわかるわけねぇ!)、最終回の10話では過去が語られるなんて意味深な伏線が張られていたりしましたが、そこで何度も五十嵐が言っていたのが「ウッチャン、ボケないねぇ」という誰もが思った心の声を連発していたこと。うん。五十嵐の言う通り、ボケたウッチャンが見たかったなぁ。

次回は竜雷太さん。「貴族探偵」よりも断然「SPEC」や「ケイゾク」のイメージが強いので、その辺り少しでも触れてもらえると面白いかもしれないけど、どうだろうな。柿の種持って「雅ちゃ~ん」と叫んだら、たぶん二度目の神回です。でも、実際は今週の延長線上でどことなく人間ドラマが描かれそうで、ちょいと不安...。