that passion once again

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『ブレードランナー』をIMAXで観てみたら、とてつもなくスゴかった。金字塔と呼ばれる名作に酔いしれる!

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SF映画の金字塔『ブレードランナー』の舞台設定が "2019年11月のロサンゼルス" ということで、遥か遠い未来だと思っていた2019年の今年、映画が現実に追いついた記念として、『ブレードランナー ファイナル・カット』が2週間限定でIMAX上映されることになりました。

前々からIMAXシアターで映画を観てみたいと思っていたのですが、映画館も上映される作品もかなり限定され、かつ通常のチケット料金よりもIMAXだと500円も高い、それで作品がつまらなかったら元も子もないと、行きたいとは思いながらも、なかなかその一歩を踏み出せずにいました。しかし、『ブレードランナー』と聞けば、もうテッパンです。作品の内容は頭からケツまで全部頭に入っています。であれば、通常の映画館では味わえない、IMAXという映画体験がどういうものかだけを純粋に味わうことができるではないですか。

というわけで、姐さん。『ブレードランナーIMAX体験記ってやつを始めてみようと思います。作品の感想や解説は省いて、純粋にIMAXのスゴさだけを語っていきまっせ。

 

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さて、『ブレードランナー』といえば、まずはこのオープニング映像です。

その昔、プレステ2が発売され、ゲームもできればDVDも観れるという超ハイブリット仕様に、ヒャッホーイ!SONY最高!と狂喜乱舞したものですが...。その恩恵をひときわ享受していたのが『ブレードランナー』ではないかと思います。とにかくビデオで観ていた映像とは比べものにならないぐらいの超ハイクオリティ映像。光の粒の一つ一つがクリアに輝いていて、光と影のコントラストも抜群。画像のシャープ加減もハッキリしているし、細かい輪郭までしっかりと確認することができます。これを映像革命と呼ばずして、いったい今の4K映像を語ることができるでしょうか。

で、IMAXです。DVDの『ブレードランナー』を100点、ビデオの『ブレードランナー』を30点とするなら、IMAXの『ブレードランナー』は80点でした。めちゃめちゃクリアな映像を期待してしまったのですが、まったくの逆でした。めちゃめちゃフィルム感が出ているのです。もう、謝るしかありません。ごめんなさい。忘れていました。『ブレードランナー』って映画だったんですよね。しかも、フィルムで撮影した映画。その根本的な本質を、デジタル時代に生きているがためにすっかりと忘れていました。

映像的な感覚は『ワークプリント』に近い感じです。暗いところは真っ黒でよく見えないけど、光の当たるところはハッキリしている。光と影のバランスが絶妙で、フィルムノワールとしての醍醐味を十二分に味わうことができるのです。

IMAXで堪能できるのは映像だけではありません。音響が度肝を抜くほどスゴイです。オープニングの火柱が吹き上がる「ボォウッ!」という音1つとっても、目の前で火柱が吹き上がっているかのような迫力とリアル感。後ろから前に、前から後ろへと飛んでいくスピナーも然り。ヴァンゲリスの音楽も、まるでライブ会場で生演奏を聴いているような感覚です。これはホームシアターでも、ハイエンドヘッドフォンでも味わえない、映画館だからこそ体験できる音響システムです。

 

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IMAXのスクリーンというのは通常の映画館に比べると約2倍の面積があり、シネマサイズよりもやや正方形に近い形をしています。それぞれの映画館によって違いがあるとは思いますが、座席配置の傾斜も急で、特大スクリーンに合わせて崖のようにシートが並んでいます。極端な話、日本武道館の上の方の座席みたいな感じで、ちょいと高所恐怖症の人だと、うわっ、高っ!となるかもしれません。その際は、真ん中から下の方の座席を選ぶのもありだと思います。まあ、通路も広めに設計されていますし、座席と前の座席との間隔も広めなので、武道館ほどの恐怖を感じることもないと思いますが、とにかく通常の映画館に比べると傾斜が強くて天井高さもある空間になっています。

そして、その巨大スクリーンが湾曲して設置されています。真ん中あたりが奥に引っ込んで湾曲しているのです。これがどんな効果を生むかというと、浮遊感!

「2つで充分ですよ」と言われても「4つくれ」と頑として譲らないデッカードを、ボスが呼んでるぜと半ば強制的に同行していくガフ。ロサンゼルス市警に向かうスピナーの移動シーンは『ブレードランナー』の名場面の一つでもありますが、IMAXシアターだと、まるでスピナーに乗って実際に飛んでいるような感覚に陥ります。特に下降するシーンの浮遊感はヤバイです。まるで『ブレードランナー』のアトラクションにでも乗ってるような気分。これだけでもプラス500円払う価値、大ありです。

 

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この巨大スクリーンの湾曲は、広い空間の奥行き感も増幅させます。上記のロサンゼルス市警の内部ホールも、IMAXだとさらに広い空間に感じます。そこに先ほどのフィルム感が増幅されるので、デジタル漬けの無菌映像に慣れ親しんでしまっている身からすると、もう、若かりし頃の映画体験を思い出すと言いますか、初めて『ブレードランナー』を観た時のような、この光とスモークの絶妙さにただただ感動するばかり。

まだ映画が映画だった頃を復活させたというか、単純に映像をクリアにして大画面に映写しましたではなく、『ブレードランナー』という "映画" の世界観にこだわって、かなり色彩であったり鮮明さであったりを調整されたのではないかと。映像オタクのリドリー・スコットだからこそ実現できた終末的な世界観に完全に酔いしれます。

 

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タイレル社の応接間も、引きの絵になると、まるでその空間にいるような感覚になります。フィルム感はあるけど、デジタル処理もちゃんとされているので、スクリーンの湾曲と映像への奥行き加工が、大げさに言うと舞台を見ているような気分にさせてくれるのです。映画のセットをまんまステージに作り上げたような、これって夢のような体験だと思いません?

 

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音響の最大の効果は雨の音。鬱屈として退廃的な終末観に満ちている『ブレードランナー』という世界観で、リアルな雨の音に包まれていると、それだけで雰囲気に飲まれてしまいます。プリスの登場シーンもそうだし、ちょくちょく出てくる外でのシーンは、本当に雨が降っているんじゃないかと勘違いするほどのリアルな音です。しかも、街中の細かい音も入念に作られているので臨場感が半端ない。

 

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街中と言えば、美女で野獣のゾーラの追跡シーンは圧巻でした。人々の雑踏、ギュウギュウ詰めの渋滞にクラクション、LEDではなくて蛍光灯だから発するまばゆいばかりのネオンサインとジジジジジという電熱音、ここかしこから響いてくるサイレンや誘導音。なんでしょう、久々に "サイバーパンク" なんていう単語をふと思い出してしまいました。映画の舞台設定として新宿歌舞伎町や香港をモデルにしたことは有名ですが、この無国籍で雑多でゴミだらけの世界に、昔はめちゃくちゃ憧れたものでした。そんな思い出まで蘇らせるチカラを持っているIMAX、恐るべしです。

 

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クライマックスも言わずもがな、その迫力とかつてのフィルム感は、今まで腐るほど観てきた『ブレードランナー』の魅力を、改めて再々々々々認識させてくれます。映像も音響もそうですが、そこから浮かび上がるのが物語の強さです。

プリスやロイの "命" にしがみつく悪あがきが、観ていて妙に胸に突き刺さってきました。生きることにしがみつく。もっと生きたい。もっと生きたい。そう願って命にしがみつく。それはアンドロイドも人間も同じ。

この深淵なテーマが、なんででしょう、今さらのように胸に刺さるのです。デッカードに撃たれジタバタとあがくプリス、動かなくなっていく右手にクギを刺して復活させるロイ。その痛みや苦しみや悔しさや願いが、スクリーンから溢れてくるのです。たぶん、冒頭からスクリーンにくぎ付けになっていたせいで、完全に物語に感情移入してしまったのかもしれません。思い返せば、ここまで真剣に集中してマジマジと『ブレードランナー』を観たのは、もうウン十年ぶり。やっぱり、名作と言われる作品の物語は強い。色あせない。で、IMAXはその感動を提供してくれると。

 

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総じて、IMAXの体験というのは『ブレードランナー』の魅力を再認識する体験だったと言えます。そして、『ブレードランナー』という作品が、そういった時代の移り変わりやテクノロジーの進化に耐えられる、強靭な作品であるとも言えます。

映画を観る前は、IMAXシアターに、どこかアトラクション的なイメージを抱いていました。体験してみて思うのは、ある意味、 "映画" を体験できる最高のアトラクションではないかと。

これがハリウッドの最新作だったり、日本のアニメだったりすると、また別の魅力もあるとは思います。3D上映だと、さらにアトラクション的な要素が強くなるかもしれません。しかし、CGが当たり前になり、撮影も映写もデジタル化され、どこか味気ない映像作品が多い中で、IMAXシアターでさらに魅力が増幅される作品というのは、たぶん、数年か数十年に一本しか現れないのではないでしょうか。

IMAXは、かつての映画体験を何倍にもして蘇らせてくれる素敵なテクノロジーです。そして、それは決して懐古趣味ではなく、今を生きるエネルギーとして、僕らに還元してくれます。去年、同じように2週間限定でIMAX上映された『2001年 宇宙の旅』を体験した人も、たぶん、懐古趣味ではなく、生きた感動として、自身のエネルギーに変換されたのではないかと。

ただ、悲しいかな、それも作品によります。やっぱり、名作には敵わないですよ。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第24週 戦いばかり描き過ぎて、いつの間にか自分の心がギスギスしているんでしょうか。

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YAHOO!ニュースの「なつぞら」関連を見ていると、だいたいが軽いネタバレであったり、天陽くんロスなどTwitterの投稿を単にコピペしただけの記事がほとんどですが、その中でたまに見かけるのがアンチの声。

アンチ意見のほとんどは「なっちゃん恵まれ過ぎ問題」に集約されます。それも優ちゃんが産まれた後では、かなりツッコミまくりの状態です。

しかし、毎朝観るテレビドラマにそこまでリアルが必要でしょうか?イッキュウさんが事あるごとに言っているようにリアリティーは必要だと思います。ただ、朝から鬱になるような、言わせてもらうと "おしん的" なヘビーな展開を僕個人は求めていません。

都市部に住む、地方に住む、視聴者の境遇はそれぞれでしょうが、普段のニュースやワイドショーで人間の悪意ってヤツを散々見せつけられているので、せめてドラマの中では "ほんわか" していて欲しいと思うのです。

大なり小なり、現代を生きている人は、みんな何かと戦っています。起きたくないけど朝起きる。学校や仕事に行きたくないけど行く。そんな些細な奮い立ちも立派な闘いです。そんな闘いを応援するドラマ、それが「なつぞら」ではないでしょうか。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第23週 自分が何をしたいのか分からなくなって...。

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『魔界番長』が怖いといって見ようとしない優ちゃん。

なっちゃんはアニメーターになって、

初めて仕事への意義について考え始めます。

 

たぶん、誰もが一度は思ったことがあるかもしれません。

なんのために仕事をしているんだろう?と。

 

そんな折に天陽くんの訃報が届きます。

 

失くしてみて、初めて見えるものがあります。

今まで当たり前だったことが、

実はぜんぜん当たり前のことじゃないということが。

 

なっちゃんがアニメーターになったのは、

誰かに認められたかったからではありません。

誰かの力になりたかったのです。

 

その答えを天陽くんが示してくれました。

 

フロンティア精神。

 

人生を切り開いていくということ。

そのためには行動を起こさなければいけない。

 

天陽くんは行動を客観視できる人でした。

絵を描くことは狩りと一緒。

そう言い切った根底には家族への愛がありました。

そして、十勝という大地への愛もあります。

 

故郷という土地。

家族。

当たり前すぎて気づけないもの。

でも、なによりも大切なもの。

 

そして、仕事というのは、

もちろんお金を稼ぐためという面もありますが、

それよりも誰かの力になれること。

どんな仕事でも、

どこかの誰かの力になれているということだと。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第22週 子供たちよ、見ろ。俺は戦うことをやめない!

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優ちゃんの預け先が決まらないまま、

『キックジャガー』の作画監督に抜擢されたなっちゃん

そんな八方塞がりを打開してくれたのが茜さん。

優ちゃんを預かってくれることになりました。

 

あっという間に4年の月日が経ち、

『キックジャガー』も最終回を迎えることに。

次は定時に保育園にお迎えができるよう、

作画監督の仕事から降りようとするなっちゃんですが、

会社は次作『魔界番長』の作監を依頼。

今までの経緯を振り返り、なっちゃんは引き受けてしまいます。

 

そんな、ある日。

夕見子ちゃんが牛乳の売り込みのために上京。

天陽くんが入院していることが判明。

 

とにもかくにも、今後の天陽くんが心配でたまりません。

風邪をこじらせただけでしょ?

もう退院できるんでしょ?

優ちゃんだって会いたがってるじゃん?

来週の予告だけで泣けてきます。

 

はじめて茜さんに優ちゃんを預ける時の、

あの行くに行けないもどかしさというか、

後ろ髪を引かれる思いというか、

最近の「なつぞら」は心が痛むシーンが多いです。

 

開拓魂。

挑戦。

 

今まではそれを支えてくれる人たちがいましたが、

いざ、その渦中にいると、なかなかツライ現実が。

 

これを乗り越えた先にどんな世界が見えるのでしょうか。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第21週 それも覚悟して結婚したんだべ。今更、弱音吐いてる場合でねえ。

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なっちゃんの妊娠を誰もが喜んでいる。

だけど、当の本人には一抹の不安が。

 

そんな、ある日。

あのマコさんがイタリアから帰国。

しかも、アニメの世界にも復帰。

「マコプロダクション」という制作会社を立ち上げる。

 

そのきっかけが『神をつかんだ少年クリフ』だった。

マコさんは、

演出家としてイッキュウさんを誘いに来たのでした。

 

子供が産まれ、保育所に預けられる一年後まで、

マコさんに入社を待ってもらうことにしたイッキュウさん。

 

出産を控える中、

急遽、十勝から富士子さんに剛男さん、おんじが上京。

咲太郎にマダムもなっちゃんを支える。

そして、とうとう出産の日を迎える。

 

生まれた女の子の名付け親はおんじ。

7日間、考え抜いて「優」と名付けられた。

 

しかし、一年後。

頼みの保育所は全て断られてしまったのでした。

 

先行きもわからず、途方に暮れて不安になる日々。

そこに突如、あっけらかんと登場した富士子さん。

たぶん日本中のお茶の間がホッとした一瞬ではないかと。

やっぱり家族が一番安心しますよね。

 

先日、再放送された『透明なゆりかご』で涙しまくりで、

今回の出産シーンも泣けて仕方がありませんでした。

新しい命の誕生への喜びは何物にも代えがたいです。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第20週 ♫元気でいろよと いう声よ 口笛吹いて おいらは元気

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なっちゃんとイッキュウさんの新婚生活。

東洋動画は『魔法少女アニー』のヒットに沸く。

イッキュウさんは家で翻訳の仕事。

 

そんな折、おでん屋「風車」の立ち退き話が浮上。

咲太郎は亜矢美さんを安心させるため、

川村屋のマダムと結婚する決意をする。

 

8月15日。

咲太郎とマダムの結婚祝賀会が「風車」で開かれる。

新しい店は自分たちに任せて欲しい。

親孝行をさせて欲しい。

そう懇願する咲太郎の願いを亜矢美さんは拒否。

 

そして、何も言わず、

ある日、突然、亜矢美さんは姿を消してしまう。

 

その頃、なっちゃんに新しい命が宿る。

茜さんの離職の件もあり不安な毎日。

しかし、神っちや仲さんたちの後押しもあり、

なっちゃん作画監督として、

産後も仕事を続けられることに。

 

なんとなく亜矢美さんロスになった一週間。

あの、あっけらかんとした、

大丈夫!なんとかなるさ!という楽観的な物言いが、

日々の不安や恐れを払拭してくれる貴重な存在でした。

そうなんです。

「大丈夫!」と励ましてくれる人の存在って、

本当に、すごい、ありがたいことですよね。

 

だんだんと、

今まで支えてきてくれた人が周りからいなくなり、

寂しくもあり、逞しくもあり、という感じです。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第19週 わしもお前に育ててもろた…。たくさん、夢をもろた…。

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イッキュウさんとの結婚の挨拶のため、

なっちゃんは十勝に里帰り。

番長はよっちゃんと結婚。

夕見子ちゃんは農協に勤めて組合長の片腕になっていた。

 

農協は十勝の酪農を守るため、

自分たちの工場を新設しようと決起。

道産子魂で十勝を酪農王国にしようと一致団結。

 

そんな中、信さんは局アナと結婚。

そして、雪次郎くんまで、まさかの夕見子ちゃんと結婚。

柴田家と小畑家、

さらに坂場家との合同結婚式が執り行われたのでした。

 

久々の北海道を舞台にした週でしたが、

イッキュウさんの存在が異質すぎて、

どうも祝福ムードに馴染めない一週間でした。

 

照男兄ちゃんは柴田農場をしっかり受け継いでるし、

天陽くんも農業と絵の両立を立派にこなしてる。

みんながみんな、手に仕事を持ち、がんばっているのに、

イッキュウさんだけが何もしないでいる。

どこか理論だけが先走って、口先だけの印象。

なのになっちゃんと新たな門出を迎えようとしている。

なんか、手放しで喜べないんですよねぇ。

 

それでも最後におんじは「ありがとう」と感謝。

涙ながらに「おめでとう」と祝福。

そうか、そういうことか。

 

"柴田なつ" が "坂場なつ" になる。

おんじはその "決意" を認めたんですね。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第18週 あなたが大切なものを失う怖さをどれほど味わってきたか、そのことを一晩考えました。

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う~ん...。

イマイチ、なっちゃんとイッキュウさんの恋物語

感情移入ができなかった一週間でした。

 

なんか、

使命感とか義務感だけで話が進んでいるような...。

幸福感に包まれた永井真理子の最新アルバム「W」は今を生きる僕らのサウンドトラックだ

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これほどの幸福感に包まれた永井真理子を見たことがあるだろうか。

ナガマリファンがTwitterで大興奮したCDジャケットも、例えば「KISS ME KISS ME」や「Sunny Side Up」の良ジャケが今まであったにせよ、今回はそれらを凌駕するほどの幸福感に包まれています。さらに全11曲収録されたアルバムの中身もとっぷりと幸福感いっぱいの内容になっているではないですか。まるで広い公園に出かけた時の解放感というか、愛する人や癒しのペットを腕に抱いた時の温もりというか、樹木の隙間からこぼれ落ちる木洩れ日や光を反射する水のキラメキを目にした時のような、そんな一瞬一瞬に感じる心が満たされた状態、それらを見事に音像化したアルバムなのです(これらのビジュアルがブックレットにもちゃんと反映されているところも見逃せません)。

前作「Life is beautiful」から1年9ヶ月。フルアルバムとしては14thアルバム「Sunny Side Up」から実に13年と3ヶ月ぶりの作品になります。永井真理子&廣田コージとしては1993年発表の7thアルバム「OPEN ZOO」からちょうど10枚目のメモリアル・アルバムにもなっています(11thアルバム「ちいさなとびら」を換算に入れていますので、異を唱えたい人の気持ちも十分にわかりますが、それもあっての今があると考えたら抜くこともできないかなと)。

 

今から2年前、2017年6月に突如として発表された復活宣言。その際にナガマリはスタートラインに立てた気持ちをこんな風に語りました。

「深い海の底に沈めてしまった歌声を自分へと戻す気持ちになれた」

その結実がこの「W」というアルバムだと断言してよいのではないでしょうか。まるでピッコロ大魔王と神様がもとの一人の人格として融合したような、トラファルガー・ローにシャンブルズされた身体と心がもとに戻ったような、と言いますか。

ただ、復活前のナガマリと復活後のナガマリには決定的に違う部分があります。それは "ファイティング・ポーズ" をとらなくなったことです。前作の「Life is beautiful」でさえ、海面に浮かび上がるため必死にもがき、挫けそうな自分に対して叱咤激励している部分がありました。復活前なんて、自分と戦いすぎて自分がなんなのかわからなくなったり、疲弊している自分を弱いと断罪してはさらに疲弊させていく始末でした。そんなナガマリが「もう戦わないよっ!」と "ファイティング・ポーズ" をやめたのです。いや、復活後の2年で「戦う必要がない」ことを悟ったのです。たぶん...。

アルバムタイトルの「W」には、(笑)や、ww や、v (^o^) v などの意味が含まれています。奇しくも「笑い」を職業としている方々が、ずいぶんと「笑えない」問題に現在さらされていますが...。人間、笑って生きていれば、やっぱり楽しい人生を過ごせるものです。ファイティング・ポーズを取りながら笑っていたら、それは幸福ではなく、圧倒的な力量への敬服、あきらめ、もしくは強がりや虚栄心、ある意味、自分より強いものを目前にして「ワクワクすっぞ!」と息巻いているどこかの孫悟空みたいなものです。そんなんではなくて、自然とこぼれる笑み、お互いに肩を叩き合いながら喜ぶ笑い、まあ、天下一武闘会で優勝したとか、ご飯とか肉とかをたらふく食べられる喜びとか、戦ってきたからわかる "戦わない幸福" 、そんな姿を形にしたのがタイトルトラックであり、このアルバムのテーマにもなっているのではないかと。

ではでは、その1曲1曲を細かく見ていきましょうか、姐さん。

 

1.「Happy Clover

フジテレビ「梅沢富美男のズバッと聞きます!」にゲスト出演した際に、この曲のレコーディング風景が紹介されていましたが、曲のタイトルを「ラッキークローバー」と言っていた天然ナガマリ。うん、そりゃ四葉のクローバーを見つけたらラッキーだけどさ...。そもそも、そういう意味の歌詞じゃないじゃん!

曲のイントロからして幸福感に満ちている楽曲。どこかコールドプレイの「Viva La Vida」や「Clocks」を彷彿させる部分もありますが、彼らの幸福感や高揚感へのリスペクトもあるのかもしれません。ナガマリライブのSEでもコールドプレイが流れていたようなので、結構、影響されていそうな感じもします。いずれにしても、ここまでの垢抜けたハッピーソングはナガマリ史上、初ではないでしょうか。

四葉のクローバーを2つのハートに見立てて、人と人との支え合いを歌っています。ただ、単純に幸せを歌っている訳ではなく、「誰かを傷つけてたら君を大事に叱るから」や「1枚は悲しみ、3枚は喜び」と語りかけているように、成長や幸福には厳しさと優しさが必要だよと、陰と陽の面があるよと、両方があるから今の幸福や幸運がわかるんだよと、だから共に成長して行こうと、そんな風に歌いかけてきます。

聴いているだけで、ほんわかと幸せになれる、そんな楽曲。

CDの裏ジャケットでは耳飾りにしていたり、ツアーグッズでもシンボルとしてデザインされている四葉のクローバー。花言葉である「幸運」、もしくは「希望」「愛情」「幸福」「信頼」と一つ一つの葉に意味があるように、願いと感謝のシンボルとしてのメタファーを深読みすることもできてしまう、文句なしのオープニングナンバーじゃないでしょうか。

 

2.「ROLLER COASTER ~全力笑顔でPeaceしよう~」

最新EP「W」にも収録されていたスタンダードなロックナンバー。とにかく、デビューして30年以上のアーティストが、なんのてらいもなく、こんなド直球なロックを自然体で歌えることに感激してしまいました。これがナガマリですよ。

冒頭でファイティング・ポーズを捨てたと語りましたが、じゃあ、立ち向かうスピリットはどうすればいいのかとなるのですが、これが「楽しみゃええやん!」という、非常に楽観的な世界が広がっていたというね。孫悟空が猛者たちにワクワクするみたいに、ルフィが冒険したいとウズウズするみたいに、僕らもドキドキ・ワクワクしてやれることやっていこうぜ!みたいな。

ジェットコースターに乗るようにスピードを楽しもう、乱高下を楽しもう。ドラクエをプレイするみたいにレベルを上げていこう。楽しんで、笑って、カメラに向かってピースするみたいに今を生きよう。

なんか、実はWANIMAをカバーしましたと言われても不思議じゃないくらい、若さとエネルギーに溢れているんですよね。そういう点ではYUIの「Daydreamer」も近いかも。パンクであり、ポップであり、ナガマリでもある。

ローラーコースターと言えば富士急ハイランド富士急ハイランドといえばコニファーフォレスト。欲は言わないけど、ナガマリ in コニファーフォレストが仮にあったとしたら、ライブのテーマ曲は確実にこれでしょ。ヤバッ、なんか想像したらワクワクしてきた!

 

3.「スイッチ」

必殺のミディアムナンバーがきました。「日曜日が足りない」や「暖かい雪」「きれいになろう」の系譜に連なる楽曲ですが、そのいずれもがシンプルな恋愛ソングだったのに対して、ここでは同じ恋愛ソングでもちょっと内省的といいますか、そういう面では「やさしくなりたい」の21世紀バージョンと見ることもできそうです。

"ハートが硬く" なって、"ひざこぞを抱えて、あごをのせて" いる主人公に歌い手は優しく語りかけています。想いあふれるその人は苦楽を共にできる人なんじゃない?傷ついたその経験も決してムダにはならないでしょ。だから、良いも悪いも分け合いながら生きていこう。そんな風に主人公に語りかけながら、最後には自分自身にも言い聞かせている。

ナガマリ・ボキャブラリーって独特だなぁと思います。この "スイッチ" もそうですが、今までも "大きな木の下に埋めた宝物" であったり、"ポケット" であったり、"タンバリン" であったり、セレクトする単語に、どこか純朴なイメージがあります。まあ、「HELP」や「HYSTERIC GLAMOUR」までいってしまうとね、なんかパープルな感じがしてきますが...。でも、根底にそんなケミカルな世界があるからこそ、感情のスイッチを入れるなんていう発想も出てくるのかなぁと。

それにしても、やっぱアコースティックの響きは癒されますね。YouTubeで公開されているアコースティックver.の「YOU AND I」も最高ですよ。トュル・トュトュ・トュトュチュ~。

 

4.「僕らのBig Power」

テレビ東京系『柔道グランドスラム2018』のテーマソングとして、奇跡的なコラボを果たした通算36枚目のシングル。先述した「YOU AND I」や、代表曲「ミラクル・ガール」が主題歌になった『YAWARA!』つながりで、ナガマリ&柔道にウルウルきちゃうファンも多かったと思います。

「猛烈に応援ソングを歌いたいタイミングに、頑張っている選手達にエールを送れるなんて最高すぎます。これはミラクルだ~。柔道の勉強しなきゃ!」と当時ツイートでコメントを発表していましたが。え...、今さら柔道の勉強?と、なかなかズッコケてしまったファンもまた多かったと思います...。アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ・トロワ!ですよ、姐さん。

ナガマリ応援ソングで思い浮かべる楽曲はファンそれぞれ違うと思いますが、僕の中でのベスト応援ソングは「20才のスピード」です。"チャンスに強くなれ 弱い時にこそ" と、もう完全に昭和な根性論を叩き込まれた感じもするのですが、当時は "逃げてみてもしょうがない。涙をナイフに変えて" でもやるしかないと腹を決めたものでした。

あれから30年。思い描くだけでは何も起きない。さあ、大きな力を信じて一歩ずつ未来へ進もう!と。君の努力は知っている。上を向いて進めば上昇気流に乗れるさ!と。さあ、トップをねらえ!と。いいなぁ...。僕も若い頃に、こんな優しい言葉をかけてほしかったです。

ただ、逆説的に考えると、これはナガマリ自身への応援ソングという面もあるかと思います。"二度と負けないように" というフレーズは、やはり今までファイティング・ポーズをとり続けた結果、歌声が海の底まで沈んでしまったことへの自戒の念ではないかと。上を向いて立ち上がれば、きっと君も私と同じように笑顔になれるはずだよ。上へ上へと浮上していけば、やっぱり同じように光や風が味方になってくれるはずだよ。私はそれを知ってる。私はそれを忘れない。そんな想いもあるのではないかと。

 

5.「20時の流星群」

アルバム発売に先駆けて発表されたEPのメイントラック。

この曲の感想は上記のテキストにも書きましたが、かの名曲「Keep On "Keeping On"」を越えたという思いは、アルバムをフルで聴いた今も変わりません。

復活後の幸福感の多くはSNSを通じてのコミュニケーションに尽きるのではないかと思います。もちろんライブでのつながりもそうですが、ライブ以外の場でもつながっていられる、楽しめるという思いが、今の永井真理子というアーティストの存在をキラキラと輝かせているのではないかと。

そのきっかけは2018年12月14日の夜。ふたご座流星群がピークを迎えるらしいよっ!と、みんなで見てみようっ!とナガマリがTwitterで呼びかけたことが始まりでした。流れ星が見えた人もいれば、星じゃなくて雪しか見えない人、降ってはいないけど雲ばかりの人、星はあまり見えないけど三日月はキレイに見えたという人。本当に人それぞれで、だけど、みんな夜空を見上げているというのは一緒で、そのつながりが心を満たしてくれるという。

この連帯感に幸福を感じるというのは、10年間も第一線から離れ、ある意味、孤独をヒシヒシと感じた経験があったからこその感謝であったり喜びであったりではないかと。そんなことを想像しながら聴くと、また泣けてきます...。

 

6.「ORANGE」

通算35枚目のシングル。2017年の復活からちょうど1年を迎え、10年も待ち続けてくれたファンや、さまざまな再会への歓喜を素直に綴った曲。

「オレンジ」という単語にはメタファーがたっぷりと込められていて、柑橘類の甘酸っぱさをそのまま "人生の甘酸っぱさ" に例えたり、丸々としたオレンジ色をサンサンとした "太陽" に例えたり、映画『時計仕掛けのオレンジ』のように "人間" と例えたりすることもありますが、これはちょっと深読みしすぎかもしれません。

深い海の底から浮かび上がった時の、目の前に広がる空の青さ、その突き抜けた高み。それは嫌いだったものさえも受け入れられる "心の広さ" のようで、どこまでも進んでいけるような "前向きな気持ち" のよう。その時、その先に見えたものが...。

14thシングル「私の中の勇気」では "失くすことを恐れない。痛みさえも越えられる" と歌い、「DON'T GIVE UP HEART」では "あなたの優しさ抱きしめ、悲しみを越えてく" と歌っていましたが、やはり、そんな日々は "泳ぐことさえできない" 毎日を生み出してしまいました。

深い海の底から、水面を煌めかせる光を眺めていた季節は、何かしらの理由や答えがなければ、そこに浮上してはいけない "重し" となっていましたが、そんな "重し" は幻で、ふと流れてきた風に身をゆだねてみれば、理由や答えなんていらない、素直な気持ちのまま一歩を踏み出せばいいんだと教えてくれたのです。それは "錆びた心の観覧車" でもなく、"ジャングルジムの頂上" でもなかった。"真っさらな一歩を踏み出す" 先に見えたのは、太陽のような "オレンジ" だったのです。

ライブグッズのシンボルとして、この "オレンジ" と "四葉のクローバー" がセットになっています。ナガマリも、僕たちも、このシンボルを胸に、肩肘を張らず、今の幸せと明日の希望を思う存分に吸い込んでいきましょう。

※ちなみにフィジカル盤の「ORANGE」には、「Do Not Worry」と「Stay with me」のセルフカバーが収録されています。あとウチワ。

 

7.「JUNGLE」

これこそ「OPEN ZOO」じゃないか?と思えるほど、ナガマリ語録満載の打ち込み系アッパーチューン。"ジャングル" とか "パラダイス" とかいう単語を聞くと、どこかの "銃と薔薇" なんていうバンドをイメージしちゃいますが、ここでの "ジャングル" は『ジャングルブック』や『ライオンキング』の舞台になっているジャングルです。

ビビリガチTIGER → プーさんのティガー?

ゴマスリスリMONKEY → 豊臣秀吉

キマジメRHINOCEROS → わからない...、サイ=堅物?

ウソツキスギBIRD → トゥイーティー

いや、正解はないと思いますよ。"右手が大きなスプーンの子供" とか "頭に鳥かごかぶった男" とか "針金のケーキを送る女" とかと同じ世界だと思うのですよ(思い返してみたら、こんな曲をリアレンジしてシングルカットしてたんですよねぇ...)。

でも、"無敵の旗を掲げろ" とか、めちゃめちゃ好きなフレーズです。否が応でも高揚感が湧き上がってくるじゃないですか。"踊って 騒いで 笑って 叫んで" 、うん、やっぱり「OPEN ZOO」だ。動物園開園!

 

8.「Do Not Worry」

すいません、このアルバムの中で一番好きな曲です。こう、カントリー風というか、エバーグリーンというか、こういうのに弱いんです。"cause I LOVE YOU" のラヴュ~の部分なんかたまらないです。アヴリルとかテイラー・スウィフトとかも、結構、昔はこういう曲歌ってたんだけどなぁ。そういう意味では「I know right?」も大好きです。え?「We Are Never Ever Getting Back Together」じゃないかって?いやいや、それを言うなら「Don't Let! Apple Pie!」が田舎から上京してライザップに通ってオーガニックなカフェをオープンしたみたいな感じですよ(なんのこっちゃ)。

しかし、"雨なら休んで、晴れてもゆっくり、自分のスピードで目指そう" なんて、こんな自然体でポジティブなサウンドトラックってあります?

例えば、「こんな人生もありよ」では "40年丸々寝ないで行きまくって、残りの20年寝て死ぬ方がいい" と24時間戦い続けて燃え尽きちまおうと歌っていました。それでも "未来をでんぐり返しして転がれば、ラッタ ラッタ ル~ルルル~" と、楽天的だったのですが、まあ、転がり始めたら二度と止まらなくなりそうです。

そんな風に(どんな風?)とにかく『風雲たけし城』の谷隊長の如く「いけ~っ!!!!!」と猪突猛進の号令をかけまくっていたのが復活以前のナガマリでしたが、それも時が過ぎると、『24時間テレビ』のマラソントレーナー坂本さんのように、並走して、苦しみも喜びもすべて分かち合う境地にたどり着いたと。

それにしても、やっぱ、この曲いいわぁ。たまんない。

 

9.「涙よ頑張れ」

アルバムの中では比較的ネガティブでシリアスな楽曲ですが、その "心の機敏" の描写を追いかけていくと、最終的に "明るい未来" のためへの決断をするまでの物語になっています。その物語を追いかけていくことで、リスナーにも "明るい未来" への決断を促している、そんな楽曲。

自己中でわがまま、こんな状況を抜けるには妄想に走って気分をよくするしかない。だけど、なんの解決にもならないし、なんの行動もしていない。そんなところから主人公の物語は始まり、未練や自己顕示欲、それらが自分の弱さだと、こぼれ落ちる涙のたびに徐々に受け入れ、最後には "感謝" で終わる。マイナスだったエネルギーが涙によって浄化され、"感謝" にたどり着くことでプラスに変換される。

「ピンクの魚よ」では、水槽の中の魚を外の世界に放してあげたいと願いながら、外はもっと危険だし、そもそも水槽の外はもっと大きな水槽で、結局は決まった水槽の中で生きていくしかない、いつまでも自由にはなれないんだと諦めていました。

でも、水槽の中で生きていけること、水槽の中だから守られているということに "感謝" ができたら。それでも、やはり "エメラルド色の波" にたどり着きたいという想いがあれば、大丈夫、きっとたどり着ける。愛着のある世界から離れないといけないのは寂しいけど、涙をナイフではなく温かなパワーに変えて進んでいこう。そうして、魚は水槽の外の世界に踏み出したのです。

 

10.「Fine day Sunny day」

ぜんぜん違いますけど、最初にイントロを聞いた時に「卒業しても サヨナラしても 遠くでも」みたいで、おっっ!と思いました。

こういう小品な曲があるかないかでアルバム全体のバランスってだいぶ変わるんですよね。もちろん、そのバランスは抜群です。アルバムの雰囲気がこれでギュッと締まっています。

たぶん、Twitterで「めちゃめちゃ頑張って、アルバムの新曲が1曲増えたぁ!」と報告していた最後のレコーディング曲がこの曲じゃないかと想像。もしかしたら「スイッチ」かもしれないけど、アルバムの曲順からすると、たぶんこっちでしょ!どうだ。

ああ...、あくびが出た。

 

11.「W」

「Mariko」で "自分になる旅に出ようと思う" と所信表明し、「La-La-La」で "何のために生まれたのか" と自問自答、「タンバリンをたたこう」で "感動するために生まれたんだ" とアンサーを導き出していました。他にも「私の中の勇気」や「DON'T GIVE UP HEART」など、永井真理子というアーティスト人生のシーズンごとに核になる楽曲が存在していたのですが、その系譜に連なる最新楽曲が、この「W」になります。

うろ覚えですが、18thシングル「chu-chu」のカプリングとして収録された「La-La-La」のシングルver.、もしくは「OPEN ZOO」に収録されているアルバムver.、どちらかで横浜スタジアムでのオーディエンスの歌声を曲に取り込もうとしたらしいのですが、うまくいかず断念した経緯があったと思います。

あの頃の想いをもう一度と、ここに再現したのが "Team M" であり、この曲がなければ、このアルバムの意味もないのです。

曲の最後の歓声は、まるでオアシスの「Whatever」みたいで、そのうち誰かが "ナンバーワ~ン!" と叫びだすんじゃないかと思ってしまいましたが、まあ、この歓声が、この一体感が、この幸福感が、今のナガマリなのです。

 

てなわけで、全曲レビューでした。

通販でCDが届いてからというもの、とにかく聴きまくっています。これだけヘビロテして飽きないのは、本当に久しぶりな感じです。CDジャケットも曲順も作品としてのバランスも全て申し分なし。明日も「W」を聞いて、この人生を励みます。

【連続テレビ小説「なつぞら」】第17週 競争じゃないべ、生きるのは。

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菓子職人の修業のために上京してきた雪次郎くんは、亀山蘭子の主演作『人形の家』を観劇すると、兼ねてからくすぶり続けていた胸の内に秘めた「夢」に開眼しました。葛藤に葛藤を重ねて出した結論は、敷かれたレールからはみ出し、新たな道、役者という道を歩いていくことの決断でした。

訛りという挫折を努力で乗り越え、当たり役に恵まれるチャンスも掴み、雪次郎くんは着々と新たな道を突き進んでいきます。そして、とうとう蘭子さんと名前を並べるまでに成長。その記念すべき作品がチェーホフの『かもめ』でした。

 

脚本家の大森先生は、もしかしたら主人公のなっちゃんよりも雪次郎くんに思い入れが強くなってしまったのかな?と思うほど、人間ドラマとしてのダイナミズムを雪次郎くんにぶつけているような気がします。夕見子ちゃん好き好きもそうだし、蘭子さん好き好きも、押入に隠れるのも、涙しながら本音を語るのも、なっちゃん以上のドラマチックさがあるような...。逆になっちゃんが冷めてるようにも見えてしまう。そして、それを演じる山田裕貴さんも役柄とのシンクロ率100%と断言するほど "普通" に演じている。スゴイなぁと思います。

 

劇中劇としてセレクトする作品がどれもドンピシャなのもスゴイと思います。『人形の家』で意識の目覚め・フェミニズムの勃興を謳い、『かもめ』では第四幕のコンスタンチンのセリフ「問題は新しいとか古いとか形式にあるんじゃない。魂から奔放に流れ出てくるものを書くことが大切なんだ」と語られているように、雪次郎くんの心情を的確に捉えたものとなっているのです。

劇団仲間から新しい世界に一緒に行こうと誘われ、イッキュウさんからは蘭子さんを新しい境地に導くことができるのは雪次郎くんしかいないと太鼓判を押され、その蘭子さんからは「あんたほどの大根役者は見たことがない!」と突き放されます。

新しい世界に飛び込みたい気持ちと、古くても今まで大事にしてきた気持ちとの間で、雪次郎くんは引き裂かれてしまいます。それは以前、天陽くんがなっちゃんを描いた絵を赤い絵の具で塗り裂いたのと同じ境遇のような気がするのです。

 

恩人であり憧れでもある蘭子さんを押し退けてまで新しい世界を開拓するぐらいなら、その世界を捨てて、自分の原点に帰ろう。とんでもなく中途半端な道だったけど、もう一度、もう一度だけ、新たなレールの上を進んでいこう。それが "魂" が求める道なんだから。そんな覚悟を決めた雪次郎くんに涙が止まりませんでした。

主人公のなっちゃんみたいに、誰も彼もが己の道を邁進していけるわけではないと思います。時に迷い、時に惑わされ、時に勘違いし、時に己惚れる。そんな風に右往左往しながら、僕らの人生は進んでいくような気がするのです。そんな僕らに天陽くんは優しく語りかけてくれます。

「競争じゃないべ」

 

自分のペースで、自分だけのゴールテープに向かって進んでいこう。

そのゴールテープを争う人はいないんだよ。