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ツイン・ピークス The Return コラム マーガレット・ランターマン(丸太おばさん / ログ・レディ)

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今週の第15章が最期となってしまった丸太おばさん。『ツイン・ピークス』の代名詞と言っても過言ではない町一番の変人でした(これは最大限の褒め言葉です)。彼女を演じていたキャサリン・E・コールソンさんは癌闘病の末、2015年9月28日に既に亡くなられています。享年71歳。長編映画テビュー作『イレイザーヘッド』から実に35年以上という長い付き合いになるデイヴィッド・リンチ監督は、彼女の訃報を受けて当時こんなコメントを残していました。

「今日、私は大切な友人のひとりであるキャサリン・コールソンを失いました。キャサリンは、まさに純金のような人物でした。彼女はいつも友人たちのそばにいて、全ての人々、家族、そして仕事への愛に溢れる人物でした。彼女は疲れを知らない働き者でした。彼女は笑いのセンスがあり、笑うことが好きでしたし、周りを笑わせることが大好きでした。彼女はスピリチュアルな人で、長年に渡り超越瞑想を実行していました。そして、彼女は丸太おばさんでした」

新シリーズ『The Return』の出演時も鼻にカニューレを付け、女優さんなのにカツラを被るわけでもなく、普通であればあまり公には見せたくない "素" の状態(しかも癌という非常にデリケートな状態)をこれでもかと曝しながら演じられていました。まるで「キャサリン・コールソン=丸太おばさん」なのだと言わんばかりです。こんな女優さん、今まで見たことがありません。その魂をあるがままの姿でカメラに納めることができたのもリンチ監督だからこそと言えますし、彼女をそうまでさせてしまうリンチ監督への絶大な信頼と愛情に思いを馳せると、観ているこちら側の胸にもズシンと重く響くものがあります。

第15章の考察で丸太おばさんのシーンはさらっと終わらせたのですが、最後に語られた台詞が丸太おばさん曰くキャサリン・コールソンさんからのとても熱いメッセージだったので、とてもあのふざけた駄文の中に入れる気にはなれませんでした。そして、保安官事務所の会議室で捧げられた黙祷、小屋の明かりが静かに消えていく様を観ていると、一つの時代が終わったと感じずにはいられないのです。

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旧シリーズでの丸太おばさんの印象は冒頭の "変人" もしくは "偏屈" な女性というイメージが強く、小学校とかで必ず一人はいた怖いおばさん先生みたいな感じ。裏を返すと「悪いことは悪い」としっかり怒ってくれる、今振り返ると良い先生だったんだな、みたいな人。

集会所のシーンで照明のスイッチをカチカチしていたのも、ダブルRダイナーの隅っこで噛んでいた "松脂" をプホッ!と吹き飛ばすのも、丸太おばさんだから笑って見ることができたキャラクターでした。そんなリンチ印の "ちょっとおかしな人" という面がありながら、ブリッグス少佐に啓示を与えたり、クーパーと共に巨人を目撃したり、最終回では保安官事務所に「これが入口への道よ」と "焦げたオイル" を届けたり、徐々に "森" からのメッセージを伝える重要なファクターへと変貌していきました。

中でも、映画「FIRE WALK WITH ME」での登場シーンが僕は一番好きなのですが、自棄になってロードハウスに向かうローラ・パーマーに、丸太おばさんは次のように語りかけます。

「こういう "火" が燃えだすと消すのが難しくなるのよ。無垢な弱い枝なんて真っ先に燃えてしまう。そして、風が吹くと全ての "善" が危険にさらされてしまうの」

まるで熱を帯びたローラの "火" を鎮めるように額や頬や掌に手を当て、"気を付けるのよ" と目配せすると多くを語らずにその場を去っていきます。ローラは丸太おばさんの手の温もりに一時の安らぎを覚え、ガラスに映る変わり果てた自分の姿を見ると、失い始めていた純真さに気づきます。ロードハウスのステージではジュリー・クルーズが、まるでシューベルトアヴェ・マリアのような祈りの歌「Questions In a World of Blue」を歌っています。失われていくもの、消えていくもの、救われないもの、そんな喪失感にローラの涙が止まらなくなります。

町で一番の変人と思われていた丸太おばさんが、誰の理解も得られず一人苦しんでいたローラを、実は町で唯一理解していたというシーン。いつ観ても、ジュリー・クルーズの歌と相まって静かな浄化を促してくれます。

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丸太おばさんことマーガレット・ランターマンには、今まで語られることがなかった裏設定がありました。『ツイン・ピークス シークレット・ヒストリー』には、マーガレット・ランターマンがどのようにしてダグラスモミの丸太を抱えた "丸太おばさん" になったのかが描かれています。その他にも、小学校のクラスメイトに "ある人物" が居たり、その人物と一緒に "ある事件" に巻き込まれたことも描かれているのですが、ここでは丸太おばさんのビギニングについてだけ、少し触れたいと思います。

マーガレット、通称マギーは三十路を超えても恋愛や結婚などに興味がなく天涯孤独の身でした。町の図書館で働きながら、自然保護団体に協力する日々を送っていたのですが、そんなある日、マギーは一人の屈強な "木こり" サム・ランターマンと出会い、雷に打たれたように恋に落ちたのでした。二人の交際は順調に進み、交際を始めてからちょうど1年後、"ジャック・ラビット・パレス" でサムはプロポーズをします。もちろんマギーは喜んで受け入れるのですが、実はかなりの奥手だったサムをプロポーズに導いたのは、他ならぬ彼女の策によってだったのです。

結婚式当日、午後から嵐が吹き荒れはじめ、式の最中に一際大きな雷が森に落ちました。すぐに火の手が上がり、大火はブルー・パイン・マウンテンの麓に向かい始めます。消防団の団長を務めていたサムは、式を中断すると消火活動のために森に向かい、マギーもウェディングドレスを着たまま救助活動を手伝います。森の火は一晩中燃え盛り、ゴーストウッドの森を焼き尽くしていきました。

翌朝、マギーのもとに訃報が届きます。夫であるサムが消火活動中に過って谷に転落し亡くなってしまったのです。その報せが届いた時、マギーはまだドレス姿のままでした。

2日後、彼女は夫の亡骸を自宅の敷地の一区画にそっと埋葬しました。その翌日、想い出の地 "ジャック・ラビット・パレス" に赴いたマギーは、倒木していたダグラスモミの破片から小さな丸太を見つけます。それ以来、彼女は片時も離さずその丸太を腕の中に抱き続けています。まるで生まれたばかりの赤ん坊を抱きかかえるかのように...。

この丸太はマーガレットにとって夫であるサムの分身であり、森からのメッセージを受信するアンテナのようでもあり、天涯孤独で打ち解け合う人もいなかった彼女の唯一のぬくもりでもあったのです。

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マーガレットはラストシーンで自分の死が近いことをホークに報告します。死は終わりじゃないということ、そして、変化があるだけのことなのだと言い残すのです。それでも "怖さ" があると打ち明けます。手放す事が怖いと言うのです。この "心の揺れ" が、僕の胸にひどく突き刺さってきます。頭ではわかっている。終わりじゃないとわかっているんだけど、どうしようもなく込み上げてくるものがやはりあるのです。それをマーガレットは素直に "怖い" と表現していました。

今年、僕の周りでも癌で亡くなった方が数人います。一人はまだ40代で現役バリバリの野郎でした。サーフィンが好きで、野球が好きで、ガッチリとした体格が自慢の野郎でしたが、癌に侵されてから見る見るうちにやせ細っていきました。最後まで「病気には負けない」と口にしていたのですが、病とはやはり恐ろしいものです。自分でなんとかできるものなら、みんながみんな、必ずなんとかしたいと思うはずです。それができない悔しさ、今まで普通にできていたことができなくなっていく絶望、その境地を思うと居たたまれなくなります。鏡を見ると変わり果てていく自分の姿、それが僕だとしたら、あの "野郎" みたいに、あんなに気丈にふるまうことなんて、とてもできないと思います。

キャサリン・コールソンさんは、それを何千何万という視聴者の前で、ありのままに演じきっていきました。その姿をドキュメンタリーではなく、エンターテイメントの中に見事に組み込んだリンチ監督の手腕には敬服するばかりです。今回の新シリーズ『The Return』、リンチ監督の集大成以上の神がかり的な凄さをひしひしと感じます。

"変化" を迎えた世界が、マーガレットにとって、夫サムと大自然の中で新たな生活ができる幸福な世界であることを願っています。