that passion once again

日々の気づき。ディスク・レビューや映画・読書レビューなどなど。スローペースで更新。

深読みツイン・ピークス② トレモンド夫人

「The Return」を解読するための旧ツイン・ピークス巡礼の旅シリーズ

第4回「ツイン・ピークス シーズン2を深読みしてみる②」

 

第2章「トレモンド夫人」

f:id:wisteria-valley:20180406220609j:plain

さて、トレモンド夫人です。ツイン・ピークスの顔と言ったらご存じ丸太おばさんですが、その双璧を成すのがこのトレモンド夫人ではないでしょうか。それを証明でもするかのように映画『ローラ・パーマー最期の7日間』のエンドクレジットでは、ローラ・パーマーでもデイル・クーパーでもなく、トレモンド夫人と丸太おばさんが仲良く肩を並べ、先陣をきってクレジットされているのです。それだけこの両者の存在がツイン・ピークスに強いインパクトを与えている、もしくはリンチ監督の中でも特別なキャラクターとして位置づけられていると言えそうなのですが、しかし、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、テレビシリーズでトレモンド夫人が登場したのは第9話のたった1話のみとなっています。まるで「お前はもう死んでいる」と言い放ったケンシロウのセリフは、実は『北斗の拳』の中でたった一度しか言っていなかったみたいな感じで、そのインパクトの度合いというか、ファンの認識度の高さは他のキャラクターと比べても群を抜いているのです。

f:id:wisteria-valley:20180408155743j:plain

今回はそんな謎すぎるトレモンド夫人の存在について深読みしていきます。そもそも映画『ローラ・パーマー最期の7日間』で登場していたトレモンド夫人は、実は夫人でもなんでもなく "チャルフォント" である可能性が非常に高いのではないかと思うのです。エンドクレジットでも "トレモンド夫人(チャルフォント)" と表記されていたし、上記の画像を見てお分かりの通り、テレビシリーズでは病床のご婦人だったはずの彼女は、映画ではシャキッと凛々しい立ち姿を披露しているのです。給食サービスを受ける必要なんてどこにもない上に、あろうことか給食サービスに出かけようとしたローラの邪魔をし、そのとばっちりがシェリーに及んでいたりするのです。というか、テレビシリーズでは給食サービスで訪問していたはずのローラですが、映画ではまるで初対面であるかのように描かれています。この辺もトレモンド夫人とチャルフォントの棲み分けになりそうです。さらに今回は『The Return』のラストが、なぜトレモンド夫人に帰結したのかにも迫っていきたいと思います。

 

1.3人のトレモンド夫人

f:id:wisteria-valley:20180408181905p:plain

f:id:wisteria-valley:20180408181826j:plain

f:id:wisteria-valley:20180408181937j:plain

ツイン・ピークスという作品には3人のトレモンド夫人が登場します。旧シリーズ第9話で初登場するトレモンド夫人、その後、第16話でハロルド・スミスの自殺の真相を探るため再度訪れた際に登場するまったく別人のトレモンド夫人。そして新シリーズ第18章でセーラ・パーマーを訪ねた際に登場するトレモンド夫人です。

ここで注目したいのがトレモンド夫人のその名前です。エンドクレジットなどで表記されている正式名称は "Mrs.Tremond" です。まず "Mrs." ミセスと付いていることから既婚女性だということがわかります。孫のピエールがいるのですから誰かしらと思われるご主人がいて、その間に息子か娘がいて、その子供が孫のピエールになることがわかります。ただし、劇中ではそのご主人や息子や娘が登場することはありませんでした。

さらにトレモンドという名前です。"Tre" はイタリア語で "3" を現わします。"Mond" はドイツ語で "月" を、オランダ語では "口" を意味します。表記は少し変わりますが "Tres Monde" というフランス語にすると "普通じゃない世界" という意味に捻じ曲げることもできるのです。いずれにしても "モンド" という単語は "~の世界" と意味されることが多く、そこから容易に想像できるのが、トレモンド夫人は何かしらの世界の存在を暗喩しているのではないかということです。それが意図的であれ、無意識であれ、彼女の存在はツイン・ピークスという作品に幾重もの階層的な世界があることを暗にほのめかしている。それを体現している不思議な名前であると定義することができるのです。

f:id:wisteria-valley:20180408235222j:plain

旧シリーズでは、ドナをハロルド・スミスのもとに導き、そして彼を破滅に追いやった人物としても描かれています。特筆すべきは第16話です。ダブルRでブツブツとハロルド・スミスの遺言を独りごちていたアンディー、それを聞いたドナがあることに気づきます。初めてトレモンド夫人のところに給食サービスで訪れた際、孫のピエールがつぶやいていた言葉、それがハロルド・スミスの遺言だったのです。ハロルドの死にトレモンド夫人も関わっているのではないか、そう結論づけたドナはクーパー捜査官と共に夫人の家を再訪します。しかし、家の中から出てきたのはまったくの別人でした。

この "再訪したら別人だった" というストーリー展開はサスペンスやミステリーなどでよく見かける展開だったりします。ことツイン・ピークスで語ると、なぜかヒッチコック映画がちょいちょい顔を覗かせるのです。先のハロルド・スミスは『サイコ』の主人公ノーマン・ベイツと妙なシンクロを果たし、ローラとマデリーンの関連性は『めまい』のマデリンとジュディを否が応でも彷彿させます。ジョシーの元旦那であるアンドルー・パッカードが死んだとされるボート事故は『レベッカ』、小さな町で起きた殺人事件のドタバタ劇という見方をすれば『ハリーの災難』、今回の再訪したら別人だったというシチュエーションも『北北西に進路を取れ』と酷似しています。

f:id:wisteria-valley:20180408233348j:plain

特に『北北西に進路を取れ』は、タイトルの "North by Northwest" とツイン・ピークスの原題である "Northwest Passage" が "Norethwest" つながりであったり、有名なアシュモア山の攻防を彷彿させるかのように『The Return』でアシュモア山が(写真だけですが)登場したり、真夜中のドライブであったり、事の発端であるキャプランという人物が架空の存在であったりと、こじつけネタが多いのが特徴です。

スパイ合戦の目くらましとして登場したキャプラン同様、トレモンド夫人(チャルフォント)も、彼女に遭遇したドナやローラ以外の人物からすると架空の存在であると言えます。映画『ローラ・パーマー最期の7日間』では、トレイラーハウスの管理人であるカール・ロッドだけが、テレサ・バンクスのそばにチャルフォントというご婦人と孫が住んでいたことを目撃しています。しかも、そのトレーラーには二人続けてチャルフォントという人物が住んでいたことも明らかになっているのです。そして、チェット・デズモンド特別捜査官が失踪したのも、トレモンド夫人が住んでいたであろうトレイラーの下に "翡翠の指輪" を発見したからでした。

f:id:wisteria-valley:20180410233524j:plain

これらのことからトレモンド夫人は "ロッジの餌食になる人間" のそばに現れる存在と言えます。ローラ・パーマー、テレサ・バンクス、ハロルド・スミスはいずれもトレモンド夫人の監視下にあり悲劇的な最期を迎えました。チェット・デズモンドの失踪については映画以外で語られることはなく、その所在についても『シークレット・ヒストリー』や『ファイナル・ドキュメント』で言及されることはありませんでした(ちなみにデズモンド捜査官に同行していたサム・スタンリーは、テレサ・バンクス事件の後、原因不明の心身衰弱に倒れ休職、今現在も職務に復帰できない状態であることが明らかになっています)。『The Return』に至っては、ローラママに成り代わり、パーマー家の住人としてごく普通に生活しているという離れ業まで見せています。

ここで一つの疑問が出てきます。トレモンド夫人と直接やり取りをしていたドナは、なぜ何事もなく過ごすことができたのでしょうか?厳密に言うと "何事もない" わけではないのですが、ローラやテレサのように命を落とすような悲劇に見舞われることはありませんでした。しかし、トレモンド夫人と接触したことにより、ドナにはある意味で命を落とすよりも悲劇的な状況が訪れたのです。それは『The Return』で登場したトレモンド夫人が、自らの事を "アリス・トレモンド" と語った所以でもあります。それはいったい何かというと「アイデンティティの喪失」です。

 

2.「Who are You?」

f:id:wisteria-valley:20180411232246j:plain

よく言われているのがツイン・ピークスと『不思議の国のアリス』の関係です。海外のTPファンサイトでは、事細かにツイン・ピークスとアリスの共通項を洗い出しているブログがありますが、読んでいると「なるほど」と思うところも多々あります(中には僕のブログと一緒で、それはあまりにもこじつけすぎるんやないか?と思うものもありますが...。たぶん同じように確信犯なのかもしれません)。そんな中でも、やはり重要と思われるのが、この「Who are You?」ではないでしょうか。

不思議の国のアリス』の話をすると、ご存知の方も多いとは思いますが、白ウサギを追いかけて穴に落ちたアリスは、小瓶の飲み物やお菓子を食べて身体が小さくなったり大きくなったりし、訳が分からないと大泣きしたら部屋は大粒の涙で池になってしまい、その池を泳ぎ渡り、濡れた服をコーカス競争で乾かし、白うさぎの家でまた身体が大きくなってしまいフン詰まり状態に、出てけ!と投げられた小石のお菓子を食べたらまた身体が小さくなり、なんなんやこれは...と森を彷徨っていたらキノコの上で水タバコを吸っているイモムシに出会うのです。その場面が上記の挿絵になります。

イモムシは開口一番「あんたは誰だね?」とアリスに訪ねます。しかし、聞かれたアリスは答えることができません。身体が大きくなったり小さくなったりを繰り返して頭が混乱し、もしかしたら自分は頭の悪いメイベルになってしまったのかもしれないと疑い、もう自分が何者なのかもわからなくなっている時に、また気色の悪いイモムシが「あんたは誰だね?」と聞いてくるのです。アリスは正直に答えます。「わたしはわたしがクソみたいにわかりません」

f:id:wisteria-valley:20180414135745j:plain

このイモムシとの問答に限らず、作者であるルイス・キャロルは作品の中で何度もアリスのアイデンティティの危機を描いています。首が伸びたり、チェシャ猫に出会ったり、助けた子供がブタだったり、お茶会に出席したりと、自分の意志や存在がことごとく危機的状況に陥っていくのです。先ほどのイモムシの「Who are You?」に対して、アリスは「あなたにしても、そのうちサナギになって、そのあとで、今度はチョウに変わったら、やはりなんだかおかしな感じがなさいませんか?」と質問返しをしますが、イモムシは「ちっとも、そんなこたぁない」とあっさり否定します。イモムシは自分が今イモムシの状態であることがわかっていて、環境が変わりサナギになったとしても、やはり自分がサナギであることを理解している。イモムシのアイデンティティはしっかり確立して揺るぎないのです。

では、ツイン・ピークスに話を戻します。第9話でトレモンド夫人のもとに給食サービスを届けに来たドナ。そこでトレモンド夫人は、新顔のドナに対して「あなたは誰?(Who are You?)」と質問します。ドナは答えます。「ローラの代わりに来ました」

f:id:wisteria-valley:20180413014141j:plain

なぜドナはトレモンド夫人の質問に対して「ドナ・ヘイワードです」と答えず「ローラの代わり」と答えたのでしょうか?いろいろと解釈はできそうですが、素直に読み解くならドナはローラになりたいという "変身願望" を抱えていたからと仮定することができます。旧シリーズの第8話を見ると、ローラのサングラスをかけ、タバコを吸い、牢屋にいるジェームズに「私じゃ、おっ起たない?」とばかりに迫ります。これらの行動はローラそっくりのマデリーンへの嫉妬が招いたものですが、この時点でドナのアイデンティティは既に崩壊しています。トレモンド夫人を介してハロルド・スミスに出会うと、そのアイデンティティはさらにグズグズになっていきます。ローラの真似事をしてハロルドをたぶらかし、隠された秘密に迫ろうとするのですが、その結果、ハロルドは自殺、マデリーンは殺害されてしまいます。ドナ自身は "ローラごっこ" をすることにより、ローラ事件の何かの役に立ちたいという正義感じみたもの、そして、離れそうになるジェームズの気を取り戻そうとしていました。あわよくば「一番の親友だった私が事件を解決したのよ」という自尊心をも満たしたかったと解釈できるのですが、結果は真逆でした。結局、ドナはドナでしかなく、摸倣だったローラになることができなかった。さらには身近だった二人の人物が死を迎え、ジェームズは放浪に旅立っていく。踏んだり蹴ったりな結末を迎えてしまったのです。

f:id:wisteria-valley:20180414125054j:plain

ドナのアイデンティティはシリーズ後半になるとさらに喪失していきます。屋根裏から出てきたドナママとベンジャミン・ホーンの親しげな写真を発見すると、自分の出生までが何かに隠されたものではないかと疑い始めるのです。今まで信じてきた自分の存在そのものがデタラメであって、アリスのセリフを拝借するなら「わたしはわたしがクソみたいにわかりません」という状態になっていきます。そうなるとジェームズさえもどうでもよくなって、今までずっと騙されていたという被害者意識みたいなものが芽生えてきます。その結果、ヘイワード家は壊滅的な崩壊を迎えます。ドナの疑心暗鬼は最終的に人間不信にまで発展し、それに輪をかけるようにベンジャミン・ホーンの "善い行いをしたい" という、これまた "善人ごっこ" というアイデンティティが、ヘイワード家にとどめの一発をブチ込んだのです。

『ファイナル・ドキュメント』では第29話以降のヘイワード家やドナのその後が綴られています。それを読むと、なぜ『The Return』にドナが登場しなかったのかの理由がわかるのですが、話は単純明快で、ツイン・ピークスにもう住んでいないからでした。ただ、最終的にドナは自らのアイデンティティを確立し、アリス的な物言いをするなら "不思議な夢の世界" から目覚めたことがわかります。この "不思議な夢の世界" というキーワードが『The Return』でかなり重要となり、モニカ・ベルッチが語っていた "夢見人" とも関連してくると僕は考えているのですが、それについては後述いたします。いずれにしても、ツイン・ピークスに登場するためには、この "不思議な夢の世界" に住んでいなければならず、アイデンティティを確立して現実と折り合いをつけてしまった "大人" は、ツイン・ピークスという舞台に立つことはできないのです。

 

3.トレモンド夫人が渡した物

f:id:wisteria-valley:20180414151634j:plain

すっかりトレモンド夫人ではなくドナの話になってしまいましたが、上記の "不思議な夢の世界" への道先案内人のような役目を果たしているのが、このトレモンド夫人ではないかと思います。『不思議の国のアリス』のイモムシと同義であると捉えるなら、身体のサイズを大きくしたり小さくしたりできる "キノコ" を授けたのがイモムシであり(こうやって書くとまるでスーパーマリオですが...)、それによってアリスはハートの女王が住む美しい庭へ進むことが出来ました。では、トレモンド夫人はどんなアイテムを取り出したでしょうか?

旧シリーズの第16話でトレモンド夫人のもとを再訪したドナ。その際に手渡されたのがハロルド・スミスからの手紙であり、その中身は "ローラの日記" でした。そこには2月22日と23日の日記が記されていたわけですが、この日記については『The Return』の第7章のブログで詳しく考察済です(ツイン・ピークス The Return 考察 第7章 PART.1 失われたローラ・パーマーの日記を徹底解読!次元のゆがみがハンパないっ!)。ここで自論をまた繰り返すつもりはありませんが、一つ言及したいのが、このトレモンド夫人から渡されたローラの日記は果たして本物なのか?という疑問が出てくることです。もっと言えば、本当にハロルド・スミスは家から外に出て、この手紙をトレモンド夫人のポストに投函したのだろうか?と。

勝手に妄想を広げようと思えば、ローラの秘密を知られたくない何者かがハロルド・スミスの家に押し入り、彼を自殺に見せかけて殺した挙句、フランス語の遺書やローラの日記を拵えたと想像することもできますが、本編ではそんなトンデモ疑惑は微塵も出てきませんでした。どちらかと言うと、真偽の程は定かではありませんが、この "ローラの日記" によって、クーパーが見た夢を、実はローラも夢で見ていたのだと明かされたことの方が重要なのです。

f:id:wisteria-valley:20180414161911p:plain

ここで語られる夢というのは、旧シリーズの第2話でクーパーが見た赤い部屋の夢、もしくはインターナショナル版のエンディング部分を指します。その夢の中でローラは自分を殺した犯人が誰であるかをクーパーに耳打ちしたわけですが、その夢を二人が共有していたという事実は、今まで何度も語ってきたように "集合的無意識" の世界で二人はつながっていると解釈できるのです。トレモンド夫人が渡したアイテムは、そのことをクーパーに知らせるために登場したものであると。それによって "ボブ" の正体が暴かれ、ローラ事件は一気に解決を見ることになります。この第16話で登場したトレモンド夫人の役割をまとめるなら、ローラ事件の犯人がリーランドであることをクーパーに示唆するため、あえて "ローラの日記" をドナに渡したということになります。

f:id:wisteria-valley:20180414222347j:plain

続いてトレモンド夫人は、映画『ローラ・パーマー最期の7日間』で "扉の絵" をローラに渡します。「壁に飾ると素敵よ」と半ば飾りなさいと強要している感もありますが、その結果、ローラは夢の中でコンビニエンスストアの2階に迷い込むこととなりました。ここでもトレモンド夫人は道先案内人としての役目を果たし、この扉の先にお入りなさいとばかりにローラに手招きをします。その先にはピエールがいて、パチンと指を鳴らすと火の手が上がり、そこから赤い部屋にある台座へと場面は移ります。"翡翠の指輪" が置かれた台座に小人とクーパーが現れ、クーパーは「指輪を受け取ってはいけない」とローラに宣告をします。左腕が痺れた状態で目を覚ましたローラ、その横にはアニーが寝そべり、「私はアニー、デイルとローラと一緒にいるの。善いデイルはロッジにいて、そこから出られない。あなたの日記にそう書いておいて」と告げます。一度視線を外し、再びアニーに目を向けると彼女の姿はなく、痺れた左手には "翡翠の指輪" が握りしめられていたのです。不審がって部屋の扉を開け、家の廊下を眺めても人の姿はありません。ベッドに戻ろうとすると、扉の絵の中に自分の姿を目撃します。それは紛うことなきローラのドッペルゲンガーであり、翌朝目覚めると、ローラは全てが夢だったと悟るのでした。

f:id:wisteria-valley:20180415001845j:plain

映画で渡されたアイテムでも、やはりローラとクーパー、さらにはアニーまでが "集合的無意識" の世界で出会っています。時間軸も、このシーンで出てくるアニーは第29話のロッジから救出された後の状態であり、ローラが生きていた時間軸とはかなりかけ離れています。さらにはアニーが着ている服がキャロラインと一緒ということは、「私はアニー」と言いながら、実はキャロラインであるという穿った見方もできます。クーパーに至っては、小人のことをわからないと言っていることから、ロッジに閉じ込められる前の状態ではないかと推測できますが、もちろん第29話以降のロッジで25年間を過ごしている間のワンシーンであると捉えることも可能です。さらには小人(別の場所から来た小さな男)が自分の事を "腕" であると初めて明らかにしたのも、このローラの夢のシーンになります。「私はこんな音がする」と、まるでインディアンが合図を送るかのように口をアワアワさせるのも然りです。

f:id:wisteria-valley:20180414234116p:plain

驚くべきことは、これらのシーンは『The Return』の第7章でローラの日記として再び登場することです。事の発端は丸太おばさん(厳密には丸太おばさんが抱きかかえているダグラスモミの丸太)から「クーパーに関係する失くし物を探しなさい」という預言がホークに与えられたからでした。この発見された日記から示唆されるのは "クーパーは二人いる" という事実であり、フランク・トルーマンが25年前のクーパー失踪の謎に本腰を入れるきっかけにもなったのです。

ここでもトレモンド夫人は間接的にローラの日記、さらには "ボブ" と一体化している悪クーパーの存在を炙り出す道先案内人の役目を果たしています。この記事の前半で、トレモンド夫人は "ロッジの餌食になる人間" のそばに存在する監視役であると定義しましたが、こうして見ていくと監視役でありながら、ロッジに導く役割も果たしていることがわかります。"不思議な夢の世界" への道先案内人であると。では、最後に登場するトレモンド夫人は、いったい何を渡したでしょうか?

f:id:wisteria-valley:20180415013739j:plain

ご存じの通り、彼女は何も渡しませんでした。しかし、今まで見てきた二つのキーワード "ロッジの餌食になる人間" と "不思議な夢の世界" を彼女に当てはめてみると、ぼんやりと見えてくるものがあります。

まずは誰が "ロッジの餌食" になったのか?ということですが、これはローラママであるセーラ・パーマーではないかと仮定することができます。元々この家に住んでいたローラママが消えた、もしくは失踪してしまい、その後釜にトレモンド夫人が住んでいる事実は、今までのハロルド・スミスやテレサ・バンクス、チェット・デズモンドと通じるところがあります。さらには、後日アップする予定のピエールの章でも触れますが、『The Return』でのローラママは完全にジャンピングマンと同一であるとされています。詳しいことは後日になりますが、トレモンド夫人の孫であるピエールがジャンピングマンの化身であり、そのジャンピングマンが憑依したのがローラママであるなら、そのローラママに成り代わってトレモンド夫人が登場したということは、ジャンピングマンが不要になった、もしくはジャンピングマンの目的が達成されたことを意味しています。つまり前者の解釈だとトレモンド夫人はジャンピングマン、如いてはロッジから解放されたと定義することができますし、後者の解釈なら、全てが完遂されたことを伝えるためにトレモンド夫人が現れたということになります。

"不思議な夢の世界" を当てはめてみるとどうなるか?ですが、まずは "アリス・トレモンド" という名前が全てを物語っています。この部分だけを『The Return』に当てはめてみるとします。『不思議の国のアリス』のラストは、襲い掛かってくる女王に対して「あなたたちなんて、ただのトランプじゃない!」と言い放ち、舞い上がるトランプに叫び声を上げると、川べりに座っているお姉さまの膝の上でアリスが夢から覚めるという物語になっています。『The Return』では、「ローラ」というセーラ・パーマーの呼び声に、キャリー・ペイジがけたたましい叫び声を上げると、全ての電気が消え、物語は終幕を迎えます。

f:id:wisteria-valley:20180415133017j:plain

『The Return』のオチ解釈の一つとして有力な候補として上がっているのが『不思議の国のアリス』と同じ "夢オチ" ではないかとする意見です。しかし、だとするなら、夢である意味がどこにあるのか?という疑問が僕にはあって、どうも釈然としないのです。確かに、映画『ローラ・パーマー最期の7日間』では、フィリップ・ジェフリーズが「オレたちは夢の中で生きている!」と叫んでいました。それと同じセリフを『The Return』第17章のぼんやりクーパーもつぶやいています。これらのことから容易に想像できるのは、白ウサギやイモムシやチェシャ猫や帽子屋たちが "夢見人" であるアリスが創り出した不思議なキャラクターなのと一緒で、ツイン・ピークスの世界も "夢見人" である誰かが見ている夢の世界ということになるのです。となると、単純に考えて、アリスと名乗るトレモンド夫人が "夢見人" なのか?ということになるのですが、では、その意味はなんなのか?と考えると、どうもうまく説明がつきません。

仮にトレモンド夫人が見ている "夢" がツイン・ピークスの物語であるなら、それは『The Return』での話であって、旧シリーズとは別物であると考えなければいけません。でなければ、ローラ・パーマー事件もマデリーン・ファーガソンの殺害もハロルド・スミスの自殺も、果てはミス・ツイン・ピークスの大騒ぎや銀行爆破事件も、全てが夢だったことになってしまいます。これは物語としてはあまりにも横暴ですし、極論を言ってしまえば全てのフィクションが夢で片づけられてしまいます。では『The Return』だけがトレモンド夫人の夢なのか?と結論づけてみても、結局は総論で僕が妄想したように、ラスベガス以外も夢(もしくは幻)だったことになり、物語は根も葉もない空論になってしまいます。

なので "夢見人" がトレモンド夫人である可能性は極めて低いと結論づけても差支えないと思うのですが、ここで "夢" から発想の転換をして "現実に戻る" と仮定してみるとどうでしょうか?特に『The Return』では、例えばヘイスティングス校長が作っていたブログ「ゾーンを探して」が実際に我々が住む現実の世界にも存在していたり(The Search For The Zone)、書籍『シークレット・ヒストリー』が実際の歴史をなぞりながら、あたかもツイン・ピークスや "翡翠の指輪" が現実に存在しているように描いていたり、第14章でローラママが "Truck You" の首を噛み千切った "エルクス #9 ポイント・バー" のフェイスブックまで存在します(Elk's #9 Point Bar - Facebook)。グレート・ノーザン・ホテルやスノコルミーの滝、ダブルRダイナーが現実の観光地として有名なのはご存じの通りです。果ては、ここで登場するアリス・トレモンド夫人を演じたのは、実際にこの家に住んでいるご婦人であったりもするのです。

f:id:wisteria-valley:20180417003029p:plain

第18章の後半、リチャード捜査官とキャリー・ペイジが真夜中のドライブで立ち寄る "VARELO" というガソリンスタンドも現実に存在する企業です。こうやって見ていくと『The Return』はミズモトアキラさんが考察していたように、メタフィクションとして虚構と現実が曖昧になっていく過程を描いていると読み解くことができます。というよりも、フィクションであるツイン・ピークスという虚構(テレビの中)から、2017年の現実の世界にキャラクターが飛び出してきたという印象さえ受けます。ある意味、貞子みたいな感じとでも言いましょうか。

このように捉えると "アリス・トレモンド" という存在は、『不思議の国のアリス』で、夢の中の不思議な体験をがっつりとネタバレしている "アリスのお姉さま" みたいな存在と言えるのかもしれません。草がガサガサしていたのは白ウサギが走ってきたからではなく単に風が吹いていたから、キチガイなお茶会のカチャカチャした食器の音は羊の首からぶら下がった鈴の音がしたからとか、にせウミガメが泣いていたのは遠くで牛が鳴いていたからとか、アリスのお姉さまはことごとく「そんなものは全て夢じゃ!」とばかりに不思議な世界をぶった切っていきます。同じようにアリス・トレモンド夫人も、FBIだからなんぼのもんじゃいと微塵も物怖じせず、ローラママなんて知ったことか、貸家だと?ふざけるな立派な持家じゃい!、チャルフォント夫人じゃ、チャルフォント!と、ママに会わせてあげるよとはるばるオデッサから連れてきたキャリーの目の前で、リチャード捜査官をことごとくぶった切るのです。

そういう意味で見ると、アリス・トレモンド夫人が渡した物は "現実" という見方が出来るのかもしれません。最後の最後で突き付けられたものが "現実" であり、それは当然メタフィクションという見方ができます。しかし、アリスによってリチャード捜査官(クーパー)が現実に目覚めたのか?と問うと、決してそうではありません。どちらかというと却って混乱を招いた結果になっているのです。いや、そんな生易しいものではないかもしれません。ここで描かれているのは "世界の終わり" であって、それは極めてネガティブな力によって引き起こされた現象なのかもしれません。

 

4.アリス・トレモンドはジュディなのか?

f:id:wisteria-valley:20180418110609j:plain

今までトレモンド夫人を介して "夢" という集合的無意識の世界でしか意志を共有することができなかった二人ですが、『The Return』のクライマックスでは、無意識という虚構の世界を飛び出し、リチャード捜査官(クーパー)は、キャリー・ペイジ(ローラ)をセーラ・パーマーのいる "家" に送り届けることが最大の目的となりました。ローラとセーラを引き合わせることによって、いったいどんな化学反応を起こそうとしていたのかは定かではありませんが、兎にも角にもクーパーはローラを "家" に連れて帰ることしか考えていません。そして、そこで待ち構えていたのがトレモンド夫人になります。

『The Return』第17章では、フィリップ・ジェフリーズに1989年2月23日に飛ばしてもらうよう願い出て、難なくタイムスリップしたクーパーですが、その際にジェフリーズは「ここで君はジュディを見つけるだろう。おそらく誰かがいる」と忠告をしています。その "ジュディ" がこの後の1989年の森でローラをさらった何かなのか、もしくは第18章のこのアリス・トレモンドなのか、それとも、そのどちらでもないのか、というところを、これから整理していこうかと思います。

f:id:wisteria-valley:20180418195624j:plain

そもそも僕は『The Return』第18章の考察で「ジュディ=アルルのヴィーナス=トレモンド夫人」であると一度結論づけました。"JUDY" は "JOUDY" であり、"JOUDY" は "JUDY" であるということから、トレモンド夫人はチャルフォントであり、チャルフォントはトレモンド夫人であるということとイコールではないかと思ったのが一点、手鏡と林檎を持つ大理石のヴィーナスが "カリカリ音" の正体で、このヴィーナスがローラをさらった張本人であるからイコール "ジュディ" であるというのが二点目、いずれも見た目と本質は違うものであり、それはジェフリーズが発見したシアトルのジュディ、リチャードが発見したオデッサのジュディも包括するという考察でした。三点目は、そうは言っても結局はリンチ作品の話だし、『ファイナル・ドキュメント』やDVD/BDが発売されないことにはなんにもわかんないんや、とそのまま放置したことです。

DVD/BDの特典映像はまだ拝見していないので何とも言えませんが、既に発売されている『ファイナル・ドキュメント』を見ると、"ジョウディ" というのはシュメール神話に登場するウトゥックの中の一つであるということが明かされています。映画『エクソシスト』で言うところのパズズ、もしくはベルゼブブを指します。

f:id:wisteria-valley:20180418215239j:plain

"ジョウディ" は女型で、"バアル" は男型であるとされていますが、それが意味するところは、海外の熱心なピーカー達が議論していたように、バアル=ベルゼブブ "Beelzebub" =BOBが男型であり、それと同じ女型を象徴する何かがあるのではないかという等式に辿り着きます。もちろん、これは完全なる後付ではあると思いますが、Ba'al=Be'zebub=BOBの等式はかなり信憑性があるのではないかと。では、ジョウディ=〇〇〇=〇〇〇には何が入るのか?

僕の結論をこの等式に当てはめると、ジョウディ=アルルのヴィーナス "Venus of Arles" =トレモンド "Tremond" となり、完全に不等式になります。アルルをアリスと言い換えることも可能かもしれませんが、今まで見てきた "ロッジの餌食" と "不思議な夢の世界" というキーワードから考えても、トレモンド夫人が女型の悪魔であると定義づけるにはあまりにも突飛です。前述したように、ジェフリーズは「ここでジュディを見つけるだろう」と忠告をしてはいましたが、それはトレモンド夫人ではなく別の誰かを指していることになり、僕が結論づけた考察は見当違いということになるのです。

では、先ほどのジョウディ等式には誰が当てはまるのか?ということになりますが、海外のピーカーもそこまではまだ煮詰まってはいないようです。シュメール神話やバビロニアアッカド神話、ギルガメシュ叙事詩なんて言われると、僕みたいな母国日本の歴史さえもままならない人間が、今から4000年~5000年も前の海の向こうの話を理解できるわけがなくて、もう到底ついていけるレベルではないんですが、それでもなんとなく思い当たる節が一つだけあるのです。それが先ほどの "アルルのヴィーナス" (Venus of Arles) です。

『The Return』第18章の考察でも "アルルのヴィーナス" は聖書のイヴを暗喩しているのではないか、そしてイヴをそそのかした "蛇" がジュディに該当するのではないかと妄想しました。そこからさらに妄想を膨らましてですね、"蛇" = "蛇女リリス" と拡大解釈してみると、なんとなくジュディの姿が見えてくるのです。

f:id:wisteria-valley:20180418231522j:plain

これです。この画像は『バーニーの浮彫』と言われ、イギリス、ロンドンにある大英博物館に展示されています。ここで描かれている女性のモデルとされているのがリリス、イナンナ、イシュタル、エレシュキガルのどれかではないかと今でも議論されているレリーフなのです。書籍『シークレット・ヒストリー』では "大淫婦バビロン" として紹介されていました。ここで描かれているのが "蛇女リリス" であるなら、イヴをそそのかした蛇ということになり、さらには両脇にフクロウまで従い、極めてネガティブな存在であると定義することができるのです。となると、ジョウディ "JOUDY" =リリス "Lilith" になり、さらにその先に誰が来るのか?ということになります。そこで書籍『ファイナル・ドキュメント』で明らかにされたローラママの本名が出てきます。

セーラ・ジュディス・ノヴァク・パーマー (Sarah Judith Novack Palmer)

完全にジュディが入ってます。もう間違えようがありません。まるで今まで "D" を隠すためにゴールド・ロジャーと呼ばれていた海賊王みたいなもんじゃないですか!ビックリです。

 

そんなわけで、このローラママとジュディ、さらにローラママに憑依したジャンピングマン、その化身であるトレモンド夫人の孫ピエールについて、次回、さらに深読みしていきたいと思います。なんだか、次回のテキストも濃くなりそうな予感でいっぱいです。