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深読みツイン・ピークス⑤ ドッペルゲンガー section 2

「The Return」を解読するための旧ツイン・ピークス巡礼の旅シリーズ

第4回「ツイン・ピークス シーズン2を深読みしてみる」

 

第5章「次に会う時の私は私ではない」

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2.三人のヴィーナス

さて、アニーをさらったウィンダム・アールを追い、グラストンベリー・グローブに残された足跡を辿りながら、クーパーはブラックロッジの内部へと静かに潜り込んでいきます。そこでまず潜入者を出迎えたのは "ミロのヴィーナス" でした。

ギリシャのミロス島1820年に発見されたこの大理石の女神像は、現在、パリのルーヴル美術館に展示され、立ち姿が1:1.618という黄金比の構図になっていること、両腕がない事で逆に観る者の想像力を掻き立てていることなどから、現存する女神像の中でも抜群の人気と知名度を誇る作品として知られています。そんな王道の中の王道であるヴィーナス像が、ブラック・ロッジの玄関とでも言うべき通路に鎮座しているのはなぜでしょうか?

内藤仙人さまの解釈ですと、リアルに存在するミロのヴィーナスが鎮座する通路はそのまんま "現実" とつながっている空間であり、ドレープの向こうにある待合室に鎮座しているメディチ家のヴィーナスには両腕があることから "異次元" の空間になっている。腕がある・ないでその空間の意味が違うのだよ~ん、わかったかい?チミは!という見解でした。

しかし、インターナショナル版の考察で語ったように、メディチ家のヴィーナスもリアルに存在している女神像です。内藤仙人さまはシラクサ(バイアエ)のアフロディーテ像に構図が似ていると指摘していますが、これもインターナショナル版の考察で語ったように "恥じらい" をテーマにした彫刻作品であるため、その構図はまったく一緒になるわけでして、決してパクったとか、盗んだとか、贋作だとか、そういう類のものではないのです。系譜が一緒の女神像を並べるとこんなになります。

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みんなしてイヤ~ンって感じになっていますが、上記の作品のどれがメディチ家のヴィーナスかわかる方は、たぶん、僕と一緒でルネサンス芸術や古代ギリシャ彫刻が大好きな人なのではないかと思います。いずれにしても、このポーズや構図に意味があるという点では仏像も同じで、これらのアフロディーテ像は "愛と美" を司るものですので、ローラ・パーマーという "愛と美" を暗に仄めかしているのではないか、てな感じがインターナショナル版での僕の解釈でした。

では、ブラックロッジの玄関に鎮座しているミロのヴィーナスはいったい何を意味するのか?ですが、そもそも、ヴィーナスの失われた両腕はどうなっていたのか?にその意味が由来してきます。

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諸説ありますが、今のところ有力な候補として挙がっているのが上記の考古学者であり美術史家でもあるアドルフ・フルトヴェングラーというドイツ人が考案した構図になります。もともとヴィーナス像には碑文が記された台座が存在し、そこに乗せている左手には黄金の林檎が握られていたのではないかというものです。

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こんな感じ。

これが真実かどうかは歴史のみが知ることではありますが、ここであるキーワードが登場します。それが "パリスの審判" 。

詳しいことはWikipediaを読んでいただければと思いますが、簡単に言ってしまうと三人の女神が「アタイが一番キレイでしょ!」と争った結果、神々がギリシャトロイアに分かれて10年戦争を起こすこととなり、最終的にトロイアがめっためたに滅び去ることになったというギリシア神話になります。そもそも "女神" と呼ばれる存在の方々が、己の美を誇示するというのがなかなかに解せないところではあるのですが(見た目は美しくても、その心はどうなんだ?というね)、その中で褒美である "黄金の林檎" を手に入れたのが "愛と美" の象徴であるアフロディーテであったと。他の二人の女神については、全知全能の神でありながらバツ2でもある最強の神ゼウスの奥さんで鬼嫁なヘーラー、そして、フクロウを従いメデューサの元ネタとも言われ聖闘士星矢の沙織お嬢様としても知られる戦いの女神アテーナでした。

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ツイン・ピークスという作品で順当に女神を選ぶとするなら、このフクロウを従えるアテーナではないのか?と思いがちなのですが、どうやら天才の発想とはそんな陳腐で単純で浅はかなものではないらしく、ブラックロッジの玄関にはアフロディーテが鎮座しています。となると、フクロウは関係ない、ヘビも関係ない、出迎えるのは "愛と美" の象徴である女神さまであると。その手にはリンゴが握られていたかもしれないと...。

ここで『The Return』でのブラックロッジを見てみましょう。旧シリーズから25年が経ちましたが "待合室" には変わらずメディチ家のヴィーナスが鎮座しています。

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ちょっとソファを模様替えしたようですが、それ以外は以前のままなようです。ということは、ローラ・パーマーも変わらず "愛と美" の象徴として存在していると。なるほど。では、進化した腕に「さあ、行け!」と促されて進んだ先にはミロのヴィーナスが鎮座しているのでしょうか?

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はい、何もありません。行け!って言うから行ったのに、この通路は袋小路になっています。いや、ドレープを開けようとしても鍵がかかっていて先に進めないのです。しかし、たぶんこの通路がブラックロッジの玄関で間違いはないはずです。なぜなら、最終章でクーパーが右手ヒラヒラでグラストンベリー・グローブに舞い戻ってきた通路と一緒だからです。

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その最終章でも、やはりミロのヴィーナスの姿はありません。でも、よ~く見ると、床のジグザグが横を向いています。旧シリーズではどうだったでしょうか?

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やっぱりジグザグの向きは縦方向になっています。グラストンベリー・グローブから入った時は縦方向だったのに、出る時には横方向になっている。ということは、推測ではありますが第17章で歴史を改変してしまった影響がブラックロッジにも現れていると言えそうです。しかし、このミロのヴィーナスはどこに行ってしまったのでしょうか?

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いました。

しかし、なんか様子が違います。

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誰?

はい、ミロのヴィーナスは25年後、アルルのヴィーナスに変わっていました。

第18章の考察から散々語っていることではありますが、パリのルーヴル美術館でミロのヴィーナスと同じフロアに展示されているこのアルルのヴィーナスは、消防士が投げかけた謎のカリカリ音の正体であり、ジュディの正体でもあり、進化した腕のドッペルゲンガーでもあり、ミロのヴィーナスのドッペルゲンガーでもあるのです。

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この2つのヴィーナス像には決定的な共通点が2つあります。1つは発見当時、どちらも両腕がない状態で見つかったということです。『The Return』で鎮座しているアルルのヴィーナスが実際の姿であり、ルーヴルに展示されているヴィーナスは復元されてはいますが、本当にこの姿だったのかは歴史のみが知ることなのです。

もう1つは、復元案としてどちらも "黄金の林檎" を手にしているということです。これはアフロディーテをモデルに制作されたという観点からのものではありますが、アルルのヴィーナスの左手には手鏡が握られているということから、第18章の考察では、手にしている果実は "黄金の林檎" ではなく "禁断の果実" であり、ブラックロッジに鎮座しているヴィーナスは "禁断の果実" を食したイヴではないかという結論になりました。さらにジュディの正体を探り、そもそもイヴをそそのかしたリリスではないかというのが僕の最終的な結論 (妄想) になっています。

いずれにしてもブラックロッジには3人のヴィーナス、もしくは3人のアフロディーテが存在していることになります。アフロディーテリリスを同一のものにすることはできませんが、愛の女神と愛の悪霊という "二律背反" はドッペルゲンガー、もしくは人間の "二面性" を表現しているようにも思えます。

さらに "3人" というキーワードを深読みすると、彼女たちが浮かび上がります。

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3人とも同じ名前を語り、チャルフォント以外は玄関で立ち話しかしていないこと=玄関に存在する者、そして、以前の考察では "夢の世界" への道先案内人ではないかという結論に至りました。このトレモンド夫人とアフロディーテを同列とするなら、

メディチ家のヴィーナス=チャルフォント

ミロのヴィーナス=旧トレモンド夫人

アルルのヴィーナス=アリス・トレモンド

こんな風に捉えることができるのかもしれません。いやいやいや、なんで大阪のオバハンがミロのヴィーナスやねんな!おっかしいやろ!と思われそうですが、はい、書いてる僕が一番そう思います。ただ、共通の存在理由があるということは、リンチ大先生の頭の中の大宇宙には、このような一見つながりがなさそうな存在同士が、別の視点で覗き見てみると見事につながってしまうという、ある意味、隠し絵のような側面もあるのではないかと。

さらに "3人" と言えば彼女たちです。

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サンディ、マンディ、キャンディ。もう一回、言ってみましょうか?サンディ、マンディ、キャンディ。サンディ、マンディ、キャンディ。語呂が良すぎて、何回でも言えちゃいます。サンディ、マンディ、キャンディ。サンディ、マンディ、アンディ。あ、余計なおっさんが混じってしまいました。と、まあ、トレモンド夫人よりは、こちらの方がよっぽどヴィーナス感が出てきますが、『The Return』第10章の考察では、この三人娘は "三美神" の象徴ではないかと語りました。

ここでまた永遠の殉教者ボッティチェリ論を展開してもいいのですが、それは脇の小箱に大切にしまっておくとしまして、とりあえず考察の結論としてはキャンディが純潔の象徴ではないか?ということでした。

この "三美神" ですが、作品テーマや神話の解釈によって諸説ありますが、一般的には先述した最強の神ゼウスと鬼嫁ヘーラーの娘たちと言われています。また、アフロディーテの従者としても有名で、その娘たちではないかという解釈もあります。中には "パリスの審判" から、ヘーラー、アテーナ、アフロディーテと見る向きもありますが、それぞれの女神を暗喩するクジャクやフクロウが描かれていないことから、この解釈はあまり浸透はしていません。

しかし、いずれにしても、ここでまたアフロディーテが登場します。『The Return』を俯瞰すると、不思議ちゃんキャンディはロドニーの愛人として登場し、通常であれば速効で殺されていてもおかしくないダギー・ジョーンズをリモコン殴打で邪魔し、最終的にはミッチャム兄弟をツイン・ピークスという "夢の世界" へと導く役目をしています。また、キャンディにはクーパーやナイドと共通するハンドサインが存在します。それが下記の右手ヒラヒラですが、ブラックロッジからグラストンベリー・グローブに脱出するクーパーも、保安官事務所に辿り着いた悪クーパーを撃退しようとするナイドも、似たようなハンドサインをしています。

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この三者に共通することは何か?

まずは、アルルのヴィーナスの右手には何が握られていたでしょうか?

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そうです、"黄金の林檎" もしくは "禁断の果実" が握られていました。一般的には不死の源であると言われる "黄金の林檎" を、パリスの審判でアフロディーテが手に入れたとして解釈されていますが、ここでは "禁断の果実" として仮説を組み立てていきます。

イヴが妬ましいリリスは、神から禁じられていた果実を食すようイヴに促します。食べちゃいなさいよぉ、大丈夫、誰も見てないし、私も誰にも言わないし、とにかくおいしいんだから。言われて食べてみると、本当に美味しい。バクバク食べてるところに、アダムがやってきて「イヴちゃん!それ食べちゃダメなやつだよ!」とビックリ。でも、あまりにも美味しそうだから自分も食べたくなっちゃった。1個ぐらいいっか、イヴちゃんもバクバク食べてるし、1個ぐらいならバレないでしょ。で、食べてみたら、止めらんない、やめらんない。で、神様にバレちゃった。そんなシーンを1枚の絵で見事に描き上げたのがミケランジェロの『原罪と楽園追放』。

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この絵の中心でイヴに果実を渡しているのが蛇女リリスで、イヴちゃんに「はい、どうぞ」と優しく手渡しています。アダムは自ら果実に手を伸ばし、その結果、元妻リリスにとことん嫌気がさして、この女もうイヤと両手で遮っています。ミケランジェロがスゴイのはイヴの描き方です。果実を食べる前は美しい女性だったのに(筋骨隆々なのは彫刻家で男色家ならではのご愛嬌)、食後は急に卑しくなり、楽園を追放される頃には哀しむどころか、薄笑いを浮かべています。今から500年以上前に、こうして人間の "二面性" を既に1枚の絵の中に描き切っていたというのがとにかく凄くて、勝手な解釈をするなら、これが "ドッペルゲンガー" 誕生の瞬間とも言えるのです(こんなトンデモ解釈するのは僕しかいないと思いますが...。美術嗜好家の方々、本当にごめんなさい)。

いかん、いかん。このままだとミケランジェロを語るだけで、ご飯10杯も100杯も食べてしまうので(楽園であるはずの背景がゴツゴツした岩場で、追放された先はこの世の果てまで続く大平原だったり。蛇女リリスと天使が対極的に描かれていたり...、ああ、止まらない...)この辺でとどめておきましょう。

禁断の果実を食したアダムとイヴ。彼らに待ち受けていたのは楽園の追放、そして "恥じらい" でした。

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さてさて、こじつけてきましたよ。デイヴィッド・リンチのインスピレーションというのは、本当に凄まじくて、こんなこじつけが平気で成立してしまうのです。だからリンチ作品というのはやめらんないのですが、言いたいことを察して頂けましたでしょうか?

"禁断の果実" というのは人間の "恥じらい" の扉をこじ開ける "鍵" であり、その "鍵" を手渡したのが蛇女リリスになります。アルルのヴィーナスの右手にはその "鍵" が握られていて、クーパーもナイドもキャンディも、何かしらの扉を開けるため、もしくは何かしらの扉を閉めるために右手ヒラヒラのハンドサインを行った。

旧シリーズでのミロのヴィーナスはアフロディーテをモデルに制作されたものであり、アルルのヴィーナスと同じ理論を当てはめるとすると、失われたミロのヴィーナスの右手には "鍵" という名の "禁断の果実" が握られ、台座にもたれていた左手には "鏡" があったのではないかと推測することが可能です。そして、アルルのヴィーナスと同列ならば、この2体の女神像は鏡写しの存在、要するに蛇女リリス、如いてはジュディの "ドッペルゲンガー" を現わしていると。

その証拠にブラックロッジ内でクーパーが次元を超越し、キャロラインのドッペルゲンガーが現れると、ミロのヴィーナスはプツっとその姿を消してしまいます。そして、『The Return』では、進化した腕が「我がドッペルゲンガー」と呟いた際にドアップで映し出されるのはアルルのヴィーナスであり、そのヴィーナスは進化した腕の姿となって「存在しない!」と叫んでいました。

青いバラ事件の被害者であるロイス・ダフィーも同じような言葉を残して、この世から去っています。

「私は青いバラと同じ」

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てな感じで、6000文字を超えたところで、次回はセクション3、ドッペルゲンガーの謎を徹底解明です。

 

巡礼の旅シリーズ 第4回「ドッペルゲンガー③」