that passion once again

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【dele #6】純心と絶望

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『dele (ディーリー)』

第6話「雪原に埋まる少女の死体と消された日記」

監督:常廣丈太

脚本:金城一紀

 

からあげ。

からあげ。

からあげ。

どうやらケイはチャキチャキな江戸っ子なようです。てやんでい。

 

第1話の地下通路の逃亡劇、第3話の寂れた港町の商店街、第4話の奥深い森の光と影、第5話のゴムで髪を束ねる後姿など、毎回毎回ハッとするような絵を魅せてくれるこのドラマですが、今回はその極致とも言える絵でストーリーが始まりました。

"生きていた時より美しく華麗に死ぬ方法はただ一つ、あの死に方しかない。あの澄んで冷え冷えとした死"

阿寒湖の畔で自死した初恋の人を想いながら綴った渡辺淳一氏の初期傑作『阿寒に果つ』と同じように、"純子" と名付けられた14才の少女は長野県の山奥でひとり雪の果てへと旅立っていきました。その姿がハッとするほど美しいのです。

もちろん死を賛美するわけではありませんが、時として、死は美しく魅力的な姿として僕たちの目の前に現れることがあります。いじめに悩む学生だけではなく、大人になったって、イヤな仕事や会社の人間関係に悩む時は、今にも大地震でも来てなにもかもうっちゃらないかなぁなんて思う時があります。近寄ってくる電車の姿を見て、飛び跳ねちまえば一瞬で楽になるのかなぁなんて想いながら、結局、満員電車に揺られて鬱屈するだけみたいな。誰だってしんどい時はしんどいんです。そんな時に "死" って奴は、まるで宝くじが当たるみたいに人生を一変させる魅力的なものとして目の前に現れます。でも、その先に未来はない。未来は生きていないと変えられないのです。まあ、しんどいですけど、筋トレみたいなもんだと割り切って、過剰な負荷の後にはそれなりの筋力がつくのだと思って僕は生きてます。

 

まあ、僕の死生観なんかどうでもいいですけど、今回の金城脚本、なかなかに "死" というものを考えさせられるストーリーでした。冒頭の祐太郎くんの「因果な商売だよね。人が死ぬのをじっと待ってなきゃいけないなんてさ」というセリフに反発するように "生" を求めた回でもあるのかなと思います。死んで消えるより、生きて足跡を残せと。ケイは轍だけどね。

でも、時間軸がイマイチわかりにくかったと思います。

◆半年前に家出した少女。

◆自殺する3ヶ月ほど前から学校を休みがち。

普通にドラマを見ていると上記の2点だけが語られ、なんとなく半年前に自殺したんだろうなぐらいしかイメージできません。そこで舞姉さんが見せてくれたネットニュースを細かく見てみます。

 

「家出の女子中学生 遺体で発見」

4月29日 12時25分

昨年12月22日から行方不明となっていた家出中の女子中学生が28日午前9時、長野県諏訪群富士見町立沢で遺体で見つかった。死因は凍死だった。

遺体で見つかったのは東京都渋谷区の石森純子さん(14)。石森さんは昨年の12月22日、渋谷区の自宅から家を出たまま、行方が分からなくなっていた。警察によると、28日午前9時前、長野県諏訪郡富士見町立沢の別荘地にある石森家の別荘を捜索にあたった男性巡査が、同敷地内で倒れている石森さんを発見。発見時、石森さんは全身のほとんどが雪に埋もれた状態で、その後、死亡が確認された。検視の結果、死因は低体温症による凍死だった。石森さんは赤いダッフルコートを着用していたが、その後マフラーが別荘近くの路上で発見されている。

警察は、石森さんに外傷はなく、別荘が荒らされた形跡もないことから、第三者が関与した可能性が薄いとして石森さんが自殺した可能性が高いとの見方を強めている。

 

このニュースから読み解ける時間軸としては、

◆昨年の春頃に純子ちゃんと彼氏(田辺くん)の交際がスタート

◆昨年の夏休みに純子ちゃんと田辺くんが別れる

◆昨年の9月頃に優菜ちゃんが田辺くんと付き合い始める

◆それを見て傷つき嫉妬した彼女は9月22日に最後の日記

◆翌日からホワイトデイジーのハンドルネームでSNSに投稿

◆10月26日にtapir030623から返信あり、やり取りを始める

◆11月7日、tapir030623が「世界の汚さを見せる」と投稿

◆12月5日、世界の汚さに絶望する

◆12月17日、「綺麗なまま死にたい」と投稿

◆12月22日、両親の別荘地へ赴き凍死

◆雪に埋もれ発見されずに時が過ぎる

◆4月28日、雪解けと共に巡査に発見される

 

こんな感じで、舞姉さんが依頼を持ち込んできたのは6月半ばであり、優菜ちゃんたちは中3になっているというストーリーラインが見えてきます。普通にドラマを見ていると、こんな時間軸はぜんぜん頭に入ってきませんが、しかし、裏のタイムラインもしっかりと作り込まれていることがはっきりしています。金城先生、本多に負けてられっかとばかりに気合入れ過ぎな練り込みようです。

さらに毎回毎回ですが、昨今のドラマとしては珍しいくらいに、この『ディーリー』というドラマは物語の裏設定を語りません。あくまでもケイと祐太郎くんが依頼人と対峙することを主軸にしていて、そこで語られていることは、これまた毎回毎回ですが、死者への慈しみなのです。神すぎる。

 

純子ちゃんのハンドルネームである "ホワイトデイジー" も、第3話のバラの本数と一緒で、密かな暗喩がありそうです。ホワイトデイジー花言葉は「無邪気」。デイジー自体の花言葉は「美」「純潔」などがあります。純心だからこその無邪気な悪意。田辺くんと手もつながなかったのは純心ゆえの照れであり、もちろん中2男子の田辺くんはそんな女心を察するデキメンではない。そして、生まれて初めて味わった "嫉妬" という狂おしいほどの混乱に、純子ちゃんは無邪気なまでに毒を吐いた。素直であどけないからこそ、クズ獏のようなオッサンに騙されてしまった。こんな内容を、ホント、よくまあ1時間ドラマに詰め込んだもんだと、感動を超えて平伏すらしてしまいます。

予告編で匂わせていた "いじめ" という問題を正面きって描くのではなく、どこか話題転換された感もあります。どちらかというとミスリードされたみたいな。そういう点では古沢氏が『リーガル・ハイ』で描き切った「いじめの根本的な原因は "空気" だ」の方が僕的には腑に落ちるのですが、それはそれ、いずれにしても野島伸司氏のようなただ面白がってタブーを描くのとは次元の違う話ではあります。

 

14才の女の子の思い詰めた表情を見抜いたり、「ブスでごめんなさい」と泣きじゃくる彼女を抱きしめている祐太郎くんを見ていると、まるで亡き妹への償いのようにも感じました。あの時、こうして抱きしめて救い出してあげていれば...、そんな想いが祐太郎くんの表情からヒシヒシと伝わってきます。

さらには舞姉さんが語っていた「ある日突然、家族を亡くして、あとに取り残された人間の気持ち、あんたにはよくわかるんじゃないの?特に自殺の場合、遺族は自分たちを責めてつらい思いをする事になる」というセリフ、もんのすごく意味深です。ケイと舞姉さんのお父さん、もしくはお母さんは自殺したのでしょうか?もしくは、ケイの親しい誰かが、そういう状況にあったということでしょうか?この辺の伏線回収もこれからの楽しみでもあります。

 

まあ、ドラマの中なので、お父さんは普通に不倫をしているし、お母さんは簡単に学校の担任先生とこれまた不倫をしている。ここまで書いて最後になんだけど、世界は汚いと言いながら、これはちょっと設定が軽すぎます。クズ獏がアイコラして作り上げた偽物だと思いたい。汚いのはクズ獏が汚れているからであって、純子ちゃんを取り巻く世界はそんなに汚れていなかった。そう思いたい。まあ、田辺くんはやっちまった感があるけど、中2男子はそんなもんだ。小僧はいきがるもんです。