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今さらディスクレビュー 永井真理子『そんな場所へ』

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先日のサモール福岡、あの和やかでゆったりとした雰囲気が、このコロナ禍で帳尻合わせを余儀なくされている年度末のアホみたいな忙しさの中で、ひと時の清涼剤として、もしくはスパでぬくぬくと癒されているような、そんなリラクゼーション効果と、なんだか心の奥底をそっと元気づけてくれる森林浴のような、もう、当たり前のようにとっても素敵なライブだったわけなんですが。なんかね、ライブを配信で見ていて思ったんです。そうか、『そんな場所へ』というアルバムは、結構、姐さんのディスコグラフィーの中でも重要な位置を占めている作品だったんだなぁ、と。

デビュー15周年、21世紀に突入してから初めてドロップされたナガマリ12枚目のスタジオ・アルバムが『そんな場所へ』になるのですが、正直、当時はそこまでの作品という認識がまったくなかったんですね。そもそも世は2002年。今から、もう20年も前のことになりますが、とりあえず、その頃の世界がどんな姿をしていたのか少しだけ振り返ってみたりしますと。

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出典:2000年代 邦楽ヒット曲 ランキング | 年代流行

てな感じで、華の'90年代を謳歌していた世代としては、ミリオン少なっ!と思うのと、確実に一つか二つ世代が変わったなと。それはビルボードの年間ランキングを見ても同様になりまして。

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出典:洋楽ビルボード年間アルバムランキング【2002年】全米チャートトップ200総まとめ | 洋楽まっぷ

エミネムだ、ブリトニーだと言ってる時点で既に世代の差を感じるのと、リンキンだ、ニッケルバックだというのも同様ですよね。しかも、お気づきのように洋楽も邦楽も傾向としては同じベクトルに進んでいるわけでして。それが R&B、そして HIP-HOP!この2大ジャンルに完全にロックが食い潰されていたのが21世紀初頭だったのです。

で、ナガマリに話を戻します。『そんな場所へ』の帯を見ると、こんな文言が書かれています。

これが本当にやりたかった音。21世紀最初の永井真理子からのメッセージは「私と未来」。15年目の、今日から始まる新しい "永井" は、リアルでロックで、そしてせつなくてやさしい。

そうなんです。巷のアーティスト達がR&BやHIP-HOPにどことなく迎合していく中で、姐さんはただただロックを研ぎ澄まし続けていたのです。

とは言え、80年代後半から90年代前半の根岸さん時代、そこからのセルフプロデュース時代を怒涛のように過ごし、さらに育児休暇。んでもって、レーベルが変わり、時代も変わり、前作『ちいさなとびら』で言うとアニキ(COZZiさん)の影も消えてしまったとなると、なかなかに、なかなかなところまで来てしまった、というのが当時の心境だったりしたわけでして。さらにセールスの面でもなかなかにショッパイ状況でもありましたので、世間の認知度が低いのも致し方ないところだとも思うのです。

で、改めて、この2021年にですね、じっくりとこのアルバムを聴き返してみるとですよ。まあ、よくできているわけです。まあ、今につながるいろんな要素が詰め込まれていたわけです。まあ、隠れた名盤だったと今さら気づかされたわけです。

 

アルバム全体を俯瞰してみると、大まかに前半・中盤・後半の3部構成に分かれていて、前半3曲は遠藤響子さんがメイン、中盤になるとゴーイングの丈さんやゴーグルズのジュンさんに挟まれてのチエさん絡み、そして、後半はCOZZiさんメインと。こうして並べてみると、姐さんが復活してからのサポートメンバーばかりがズラっと並んでいるわけですよ。そりゃ、復活後の2018年に、それこそ10数年ぶりにバンドスタイルで開催されたライブのセットリストに#9の "おしゃれ☆レジスタンス" が加わるわけだと。

前作からの流れで、アルバム全体のサウンドメイクは西川進さんが陣頭指揮を執っているのですが、それこそ椎名林檎さんや矢井田瞳さんで名を馳せた西川さんの感情直結型が爆発したアルバムでもあるわけで。#1の "冒険者" のイントロだけでもシビれまくっちゃいますし、先日の「M's LOVE SONG LIVE」でも披露されていた#2の "飛べない空" になると、西川さん・マスケさん・阿部さんトリオによる12/8拍子の躁状態リズムが願いの高みへと聴く者を導いちゃうわけでして。

この冒頭の2曲は、それこそ当時のハイスタやモンパチなどのパンク系インディーバンドの流れ上にあって、今でいうエモ系の極みみたいなところがあるんですよね。それは当時も感じていたことではあるんですけど、でもね、本音を正直に言ってしまうとナガマリにそれを求めてなかったんですよ(姐さん、ゴメンなさい!)。アンダーグランドで次々と新しいバンドが出てきて、次々と新しいスタイルが生まれている横で、原点回帰といいますか、リバイバルブームというものも21世紀初頭にはありまして。やれビートルズだ、やれカーペンターズだ、やれクイーンだと、毎年のように伝説的なアーティストのベストアルバムがミリオンを叩き出し、U2R.E.M.が絶頂期のパッションを再び取り戻していた時期でもあるのです。そんな流れからも、できれば姐さんにも、それこそ前田先生とか藤井さんとか辛島さんとかとね、原点回帰してくれればなぁ...みたいな流れが欲しかった頃でもあったんです、ホント、正直な話。

でも、今こうして聴いていると、やっぱり姐さんはスゴイなぁと。ブレないなぁと。意志の強さが生半可じゃないなぁと。結果的には、次作『AIR』でMariko&COZZiが復活するわけなんですが、それにしても、もし、この『そんな場所へ』の時に原点回帰みたいなことをしていたら、それこそ、あの1993年の決意までもを否定しかねないことになっていたなと。なので、この冒頭2曲は、そんな切磋琢磨するナガマリを感じずにはいられないものになっているのです。手が届かないもどかしさ、かき分けてもかき分けても辿りつかない苛立ち、羽ばたくことを許されない気持ち、そんなフラストレーションを少し尖った言葉で響子さんが綴り、西川さんトリオが音を掻きむしっている。ロックじゃないですか。

そこからの#3 "同じ時代" です。去年の「おうちでトーク3」で披露された感動をまだまだ覚えてらっしゃる方も多いかとは思いますが、マッシーのヒーリング・ピアノももちろん最高なんですけど、十川さんのアレンジももちろん最高ってやつで、あのナガマリ空白の10年をこの曲で埋めていたTeam Mの方もいらっしゃったのではないかと思うわけです(まあ、自分のことなんですけど...)。何も情報なしで聴いていると、真理子さんが詞を書いているのではないかというような世界観なんですが、ここも響子さんなんですよね。#1で<青臭いと言われても、夢があれば、まあ、なんとかなるさ>と高楊枝を決め込み、#2で<そうは言っても、この突き抜けるような高い空を昇りつめていきたい。そんな想いの行き場がないよー>と涙をこらえ、#3で<どう転んだとしても、結局、わたしはわたし。明日どうなるかなんて誰もわからないんだから、今を大切にしよう>と己を肯定していく。こんなストーリーテリングに気づくまで、20年もかかっちまいました。

続いて、元GOING UNDER GROUNDの丈さんが楽曲提供をした#4 "幼なじみ" は、言うなればコラボ・アルバムの前身みたいな感じです。ベースの高間さんもそうですけど、デビュー15年目を迎える御方がよくもまあこんなインディーバンドを起用したもんだと。普通にほのぼのしてはいるけど、これって、かなり挑戦的な楽曲でもあります。からの#5 "未来" は、もう今となっては説明不要ですよね。コーラスのアレンジにチエさんの名前がクレジットされている辺り、去年の一連の配信ライブのセトリに加わったのも納得の1曲。さらに#6 "hello" ですよ。中盤のこの辺りはキーボーディストの中山さんの手腕がかなり発揮されているのですけど、#6に至っては前作『ちいさなとびら』で培われたセンチメンタル西川が、ここで大泣きしている楽曲になります。それに呼応するように、真理子さんもあまのじゃくな乙女心を綴っているのですが。なんなんでしょうね。例えるなら、目の前でバスが出発しちゃって、ポツンとバス停に取り残された心細さと疎外感のような気持ちにさせられるんですよね、姐さんの歌詞って。あと1分だけ早ければなぁ...みたいな、小さな後悔に大きく押しつぶされると言いますか。

続いて、#7 "あなたが笑うと" もチエさんがアレンジに参加している楽曲なんですが、最近のライブでいうと "ミラクル・ガール" とか "ハートをWASH!" とかのイエイ♬イエイ♬みたいなコーラスって、あれ、チエさんの仕事なのかな?と思えるような、そんなアレンジになっています。姐さんのどことなくシンディ・ローパーを彷彿させるような歌い方も聴きどころです。#8の "二人のまま" はJJことゴーグルズのジュンさんが作曲で参加した楽曲。リリックも響子さんと姐さんの共作。純朴な雰囲気の中で、幸せって求めるものではなくて自然とそこにあるもの、という真理子さんのアティチュードが表現されていますが、このあまりにもナチュラルなハッピーって、2021年のナガマリ&Team Mにもつながるような気がするんですよね。

冒頭で語ったR&BとHIP HOPの時代をロックに取り入れたのが#9 "おしゃれ☆レジスタンス"。前々作『you're...』から4年ぶりに復活したアニキのパンクぶりもさることながら、そこに詞をのせているのが かせきさいだぁ≡ という組み合わせも異種格闘技のようで面白すぎ。まるで曙 VS ボブ・サップのようではないですか(違うか...)。まるでアントニオ猪木 VS モハメド・アリのようではないですか(古いか...)。2018年のWWWでのミニメガホンでまくしたてるブリッジも印象的でした。そして、#10 "Angel Smile" ですよ。もう、泣いたわー。姐さん、こういうのを待ってたんだよーと思いましたわ。この名曲ぶりは、ホント "私を探しにゆこう" の時とまったく一緒で、久しぶりに故郷に帰ったような、懐かしくもあり、安らぎの場所でもあり、乾ききった心がどんどん潤っていくような、ハートのコラーゲン・ソングなんですよね。

ラストの#11 "ほんの少し" で響子さんへと舞い戻り、作品は幕を閉じます。楽曲を演奏しているのは、西川さんのベース&ギター、響子さんのピアノ、オルゴールは真理子さん本人の演奏というとてもシンプルなものになっています。愛しい人へ手紙を朗読しているような、そんなささやきのような歌。そこに紡がれているのは、歩いてきたこの道は決して間違いではないよと、泣きたい気持ちも、ごまかしたい気持ちもわかるけど、まあ、とりあえず一切合切、楽しんじゃおうよと、ここでオープニングの高楊枝を今一度、思い起こさせるような、そんな私小説のような世界観になっています。で、#1にループしていくと。

 

ブックレットの冒頭には、響子さんの手による、こんな詞が掲載されています。

帰りたい 帰りたい いい匂いがする

私のままで 風や 星屑 愛でていられるところ

幸せを 幸せを追いかけずにすむ

安心をして 甘い 笑いが 自然にこぼれ落ちる

そんな場所へ

思うのは、20年前に求めていた場所に、たぶん、真理子さんも私たちも辿りついているんじゃないのかなと。もちろん、コロナ禍という制限と距離が強制されてしまうのは本望ではないのですが、そんな時代だからこそ、逆に距離が縮まっているところもあるような気がするのです。そして、不自由だからこそ、自由を求める『そんな場所へ』というアルバムが、今さらのように心に響いてくるのかもしれません。

 

てなわけで、すいません、2000文字くらいでさらっと終わらせようと思って書き始めたら、こんなになってしまいました。ちなみにこちらの作品、CDで手に入れようとするとなかなか難しそうです。ストリーミングやダウンロードですと、今すぐ手に入れることができますが、スポティファイですとフリーでもアルバムを楽しむことができます。スマホなどのモバイル・アプリだとランダム再生になってしまうので、アルバムの流れを楽しみたい方は、パソコンからアクセスするのがオススメです。

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