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ツイン・ピークス The Return 考察 総論 (第1章~第18章) まとめ解説 これは未来か、それとも過去か?

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WOWOWの放送が終了してから早いもので半月が経とうとしています。海外では既にブルーレイボックスが発売されていますが、ここ日本ではボックス発売もレンタル解禁のアナウンスもなんにもない状態。amazonを見てもDVDボックスしか扱ってないし、WOWOWが終わったらすぐにアナウンスがあるかと思ってたら、なかなかな無風状態が続いています。『The Entire Mystery』みたいにインポートでも日本語字幕があれば言うことなしなんですが、どうもその辺で大人の事情が絡んでいそうな雰囲気です。早く8時間だか6時間だかもあるらしい未公開集を見たいんだけど、簡単に価格が3万円だ5万円だなんて言われると、じゃあ見なくてもいっか、なんかめんどくせぇ国だなって感じにもなりそうです。

12月22日に発売される『ファイナル・ドキュメント』で新たな解釈が判明されるかもしれませんが、それも結局はフロスト論になるので、リンチ的にどう解釈するかは現段階でWOWOW放送分を振り返るしかありません。ていうか、そもそもリンチを解釈することは可能なのか?という大命題がありますが、いいんじゃないですか、自分の好きなように解釈すれば。100人いて100通りの解釈があれば100通りの正解があるんです。それがデヴィッド・リンチの作品ってやつじゃないですか。意味不明で斬り捨てるのも正解だし、ループしてるんだと解釈するのも正解、これは全部 "夢" なんだと腑に落ちるのも正解なんです。まあ、こんな風に言ってしまうと、自分の解釈も正解なんだぜ!って自分で自分を擁護してるみたいでなんとも間抜けな感じもしますが、まあ、好きに語らせてください。正直なところ、毎回毎回他のブログとか見て回るのが結構楽しみだったりしたんですよ。こういう解釈の仕方もあるんだなとか、言われてみるとそのシーンって重要だったねとか、自分の解釈と比べるのが面白かったんです。それが放送が終わった途端に誰も更新しなくなったもんだから、なんか寂しくなっちゃったみたいな。

そんなわけで、姐さん、前々から言ってた総論というやつをちょいと繰り広げてみようかと思います。「総論」なんて言ってしまうとおこがましいというか、大げさな感じもしますが、単純に1章から最終回までをまとめて語ってやろうじゃないかというお話です。では、さっそくいってみましょうか。

 

1.A RANCHO ROSA

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なにげに毎回毎回ワクワクしてたのがオープニング・クレジット。今回は何色だろ?と思って見ていたのですが、1章から18章までを並べてみるとこんなに違います。ちなみに左上から順に始まり右にカウントアップしていきます。この中で明らかに異色なのが、

第14章 真っ黒

第17章 真っ白

第18章 真っ黒

この3つです。特に14章と18章が同じというところに何かヒントが隠されていそうな感じがします。振り返ってみると14章では「青いバラ事件」が語られ、モニカ・ベルッチが "夢見人" を語り、ジャック・ラビット・パレスが(たぶん)ホワイト・ロッジへの入り口だとわかった回でした。他にもダイアンとジェイニーEが姉妹だと判明し、消防士がアンディーに「ツイン・ピークス」という物語の全てを明らかにし、さらにセーラが顔パッカーンしてトラック・ユーを噛み千切った回でもありました(ツイン・ピークス The Return 考察 第14章 根幹)。こうやって書くとなかなかにてんこ盛りな感じですが、それが18章と共通しているというのはどういうことなのか。

素直に解釈するなら最終話で描かれていたものは、

 ①青いバラ事件の顛末

 ②夢見人の夢

 ③ホワイト・ロッジ

以上の3つが描かれていたのではないかと。どれも重要な項目なので詳細については後述しますが、最終話に全てが描かれていると僕が豪語したのにもここに理由があります。

オープニング・クレジットでもう一つ重要なのが17章の真っ白です。一般的な解釈は「17章と18章が対になってるからオープニングも白と黒なんやないの」というもの。確かにそれも一理あると思います。17章がフロストverのエンディング、18章がリンチverのエンディングみたいな感じ。その方がわかりやすいし、物語として見ても17章で終わるとループしてキレイに納まって、あとはリンチ世界!みたいな。ですが、そこは内藤仙人さまと一緒で、僕も "十牛図論" を唱えたいと思います。

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前にも載せましたが、この十牛図というヤツがスゴイのが「八番」です。その名も「人牛倶忘」。意味は全てを忘れてしまうこと。忘れるということさえも忘れてしまうという、なにもかも忘れた真っ白な状態を "円" だけで表現しているのです。昔の人というのはホントにスゴイなぁと思います。考え方も突き抜けてれば、なにも描かないなんていう表現まで突き抜けてます。んでもって、これが17章に当てはまるのではないかと。

17章でなにがあったかというと、

 ①2時53分に保安官事務所に勢ぞろい

 ②ぼんやりクーパー

 ③消えるローラの死体

この3つの項目に共通するのが "忘却" というキーワードです。③の死体が消えるというのがわかりやすいと思いますが、ただ殺されずに済んだというだけではなく、ローラの存在そのものが消えてしまった、要するに "何もかも忘れられてしまった" 状態を現わしているのではないかと。では①と②はどうなのかというと、後述する解釈にも絡んでくることですが、「①に勢ぞろいしているキャラたちはみんな存在していない」「②はそれを必死に思い出そうとしている」と僕は見ています。いずれにしても詳細については後述します。

こうして見ていくとオープニングから既に意味が散りばめられていそうな感じがします。他も見ていくと2章と7章が赤いのは、どちらにも "進化した腕" が登場しているからとか、4章と11章の青はそのまんま "青いバラ" にまつわるエピソードがあるとか、13章の緑は "翡翠の指輪" が重要になるとか。こじつけと言われてしまうとそうかもしれないけど、そうは言っても相手はリンチ監督です。オープニングであろうと、表現することには何かしらのメッセージが隠されているのではないかと思うのです。

 

2.ダギー・ジョーンズ

『The Return』を振り返ると結局はDVD&ブルーレイのパッケージが全てを現わしていると言えます。

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ボックスのパッケージを開けるとクーパーと悪クーパーの間にダギー・ジョーンズが現れるのです。リンチやフロストがどこまでパッケージ・デザインに絡んでいるかはわかりませんが、この18時間にも及ぶ大作を非常にシンプルにそして端的にデザインした見事なパッケージではないでしょうか。

ここで提起したいのが『ダギー・ジョーンズとはそもそもなんだったのか?』ということです。WOWOW放送を字幕ありで視聴するとセリフが表示されるのはもちろん、キャラクター名や具体的な効果音まで教えてくれるのでとても便利だったのですが、第1章から一貫していたのが悪クーパーのことを "ダギー・ジョーンズ" と表示し続けていたことです。なのでブログ初期は僕も悪クーパーのことを "ダギー・ジョーンズ" と呼んでいたのですが、途中からクーパーも悪クーパーもダギーになってしまうので訳がわからなくなるやんと悪クーパーに切り替えました。それにしても、なぜ悪クーパー=ダギー・ジョーンズなのか?です。吹き替えの際に公式の脚本みたいなものはWOWOW側にも渡っているはずなので、リンチ&フロストからすると悪クーパーは "ダギー・ジョーンズ" になると見てまず間違いないと言えるのではないかと。

では、ラスベガスのダギーはどんな人物だったかを振り返ってみます。

  名前:ダギー・ジョーンズ

  勤務先:ラッキー7保険(勤務年数 12年)

  事故歴:12年以上前に交通事故を経験

  備考:1997年以前の存在証明が一切ない

素直に読み取ると12年前にダギーは交通事故に遭い、それからドクター・ベンのクリニックに通っていたのではないかと思われます。そして、片腕の男が言っていたことを信じるなら、ダギーは12年前に誰かに造り出された。いつジェイニーEと結婚をし、サニージムが生まれたのかはわからないけど、それでもジョーンズ家という "家族" はラスベガスに存在していた。さらに2016年になると遠く離れたサウスダコタ州でブリッグス少佐の体内からダギーの結婚指輪が発見される。

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誤解を恐れずに語るなら、ブリッグス少佐の体内に結婚指輪が仕込まれたのは悪クーパーが原因であることは間違いないと言えます。なぜなら、ブリッグス少佐の首を刎ね飛ばし、ルース・ダヴェンポートを殺したのは悪クーパー以外には考えられないからです。ヘイスティングスが語っていたゾーンで起きた事件の首謀者は悪クーパーであり、その顛末がこの結婚指輪になると思うのです。では、なぜそう言えるのか?ですが、

①ルース・ダヴェンポートの頭部にできた銃痕とヘイスティングスの妻が殺害された時の銃痕が同じ

②第2章でフィリップ・ジェフリーズが悪クーパーに問い詰めた「ブリッグス少佐に会ったらしいな」というセリフはゾーンでの事件をフィリップも把握していることを暗にほのめかしている

③ダギーの結婚指輪をしていたのは悪クーパーだから

三番目が突飛と思われるかもしれませんし、先ほど "仕込まれた" と言ったばかりじゃないかと突っ込まれても仕方がないのですが、僕が言いたかったのはこういうことです。ゾーンでの事件の時に、ブリッグス少佐は「クーパー、クーパー」と言って消えていったとヘイスティングスは語っていました。となると、ブリッグス少佐は何かしらのヒントを残すために、その時何か行動を起こしたはずです。それが悪クーパーがしていた結婚指輪を飲み込んだ。だから、胃に指輪が残っていたのではないかという読みです。

そこから導き出せるのは、もともとダギー・ジョーンズというのは悪クーパーの偽名だったということです。ジェイニーEと出会い、それが偽装であれ造り物であれ、彼女と結婚をしたのも悪クーパーだった。そして、ラッキー7保険に潜り込む時点でトゥルパであるダギーが造り出された。それはアンソニーの手口のように保険金詐欺を工作するためにであり、そこで生まれた利益が悪クーパーの手元に蓄えられていったという流れです。

ここで一つの疑問が出てきます。だとしたらサニージムはなんであんなにいい子なの?ということです。これについては第18章のテキストで語った通りで、ラスベガスの人たちは非現実の住人ではないかという疑惑です(ツイン・ピークス The Return 考察 第18章 存在への祈り。異世界へのドライブ。電気が消えた!)。ちょっと混乱するかもしれませんが、僕の中ではラスベガスで現実に存在していたのはダンカン・トッドだけなのではないかと思っています。では、先ほどの悪クーパーとジェイニーEの結婚話はなんなんだ?ということですが、振り返ってみてください、ジェイニーEと親違いの姉妹だったダイアンはトゥルパでした。となると、ジェイニーEもトゥルパである可能性が非常に高いです。だとするなら、実際に悪クーパーと婚姻を交わしたジェイニーEは別に存在する、もしくは既に死んでいるのではないかと思うのです。

さらに物語の上でラスベガスの舞台というのは、六道輪廻でいう "天国" の世界、そしてクーパーが十二因縁を経験するための舞台であったと言えるのではないかと思います。ミステリー的な要素が強い『The Return』ですが、そこにリンチ的な "説法" を盛り込むためにラスベガスの舞台が用意された。そのために悪クーパーと転送されるはずだったクーパーはダギーと入れ替わってしまった。物語を追っていくと壊れた夫婦関係が修復され、途切れていた親子関係が改善されていく様子が描かれていました。いわゆる "家族愛" や "人情" がラスベガスでは描かれているのです。それはまるで人生の素晴らしさを謳歌した『ストレイト・ストーリー』をアップデートしたようでもあるのです。そのドラマ効果が第16章の歓喜と感動に昇華されていたのは僕が語るまでもないでしょう。そして、最終回での「帰宅」を手放しに喜べないのは、これらが "造られた家族" の結末だと感じたからです。

 

3.ラスベガス

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では、順を追ってラスベガスで何が起きていたのかを振り返ってみたいと思いますが、一つ気をつけたいのが何度も言うようにダンカン・トッドの存在です。先ごろ発売された『ファイナル・ドキュメント』でも言及されていましたが、悪クーパーのラスベガス組織のトップに君臨していたのがダンカン・トッドであり、彼がラスベガス犯罪の全てを牛耳っていました。なので、ダンカンとその周囲の人物たち(側近のロジャー、ラッキー7保険のアンソニー、ラスベガス警察のクラーク刑事、ダギー暗殺を依頼したロレインとその手下たち)は現実の人物たちということになります。他の人物たちが描かれているシーンはほぼ非現実の世界であり、ある意味では現実とシンクロしている状態にあります。それも含めてラスベガスのシーンを振り返ってみたいと思います。

 

【第2章】

◆ダンカン・トッドにダギー暗殺の命令が下される

◆ロジャーを呼び出し、ロレインにダギー暗殺の依頼をする

【第3章】

----- 1日目 (9月24日)-----

◆空き家で逢引きしているダギーとジェイド

翡翠の指輪をしていたダギーが赤い部屋に飛ばされる

◆クーパーがコンセントから転送されてくる

◆ジェイドの車で空き家を後にする

◆ジーン&ジェイクが暗殺失敗

◆シルバーマスタング・カジノに到着

◆メガ・ジャックポットを連発

【第4章】

◆ビル・シェイカーに家の場所を教えてもらう

◆支配人から現金を受け取る

◆リムジンで赤いドアの家まで送ってもらう

◆フクロウが鳴きながら飛び去っていく

◆ジェイニーEの平手打ち、首根っこをつかまれる

◆"3日間も行方不明" だった元ダギー・ジョーンズ

----- 2日目 (9月25日)-----

◆サニージムと対面

◆ホットケーキの朝食(フクロウの置物)

【第5章】

◆ダギー暗殺の失敗がロレインに報告される

◆ジェイニーEに仕事場まで送ってもらう

◆窃盗団が元ダギーの車に目をつける

ラッキー7保険に到着

◆ミーティングが始まり、アンソニーの嘘報告を告発

◆社長室に呼び出され大量の事件報告書を渡される

◆カジノの支配人がロドニーにボコられる

◆キャンディの右手ヒラヒラ

◆窃盗団の3人が車の爆発で焼け焦げる

◆119のヤク中ママが眠りから覚める

◆ジェイドが315号室のホテルのカギをポストに投函

銅像の靴を眺めているクーパー

【第6章】

◆警官に家まで送ってもらう

◆サニージムとのふれあい

◆ジェイドとの不倫がジェイニーEにバレる

◆電話が鳴る

◆借金取りとアポを取り付ける

◆事件報告書に落書きをする

◆ダンカン・トッドに赤いスクエアの連絡が届く

◆爆発した元ダギーの車がレッカーされる

◆スパイクに白い封筒が届く

----- 3日目(9月26日) -----

◆出社するクーパー

◆事件報告書の落書きを理解するブッシュネル社長

◆借金取りに半額の2万5000ドルを払う

◆ロレインを刺殺するスパイク

【第7章】

◆フスコ3兄弟がクーパーの取り調べにやってくる

◆スパイクの暗殺をクーパーチョップで撃退

◆進化した腕が現れる

【第9章】

◆ダンカン・トッドに悪クーパーから電話がかかってくる

----- 4日目 (9月27日)-----

◆ダギーの1997年以前の存在証明がないことがわかる

◆クーパーのDNAを採取するフスコ3兄弟

◆コンセントを意識するクーパー

◆スパイクが逮捕される

【第10章】

◆キャンディがロドニーをリモコンでぶちのめす

◆ドクター・ベンのクリニックで診察を受ける

◆ミッチャム兄弟、テレビでスパイクの逮捕を知る

ジャックポットを出したクーパーの居所が知れる

◆リビングテーブルに黒電話

◆欲情したジェイニーEがクーパーにまたがる

----- 5日目(9月28日) -----

◆クーパーにメロメロなジェイニーE

◆ダンカンに呼び出されるアンソニー

◆ミッチャム兄弟にクーパーをけしかけるアンソニー

◆ミッチャム兄弟、クーパーをぶち殺す決心をする

【第11章】

----- 6日目 (9月29日)-----

◆ミッチャム兄弟のアポを説明するブッシュネル

◆ブラッドリー、一晩中夢を見ていたと語る

◆サイモンズ・コーヒーに行くクーパー

◆迎えのリムジンに乗ってミッチャム兄弟のもとへ

◆ブラッドリー、夢の話を繰り返す

◆ロドニーの左頬の傷が直っている

◆幸福のチェリーパイ

◆バーでジャックポットばあさんと再会

【第12章】

◆サニージムとキャッチボールをする

【第13章】

----- 7日目(9月30日) -----

◆ミッチャム兄弟たちと会社に戻るクーパー

◆アンソニー、ダンカンから見切られる

◆ジェイニーEのもとに新車のBMWと遊具セットが届く

◆「まるで天国にいるみたい」

◆フスコ3兄弟、クーパーのDNA結果をポイ捨て

◆アンソニー、クラーク刑事からトリカブトを入手

----- 8日目(10月1日) -----

◆新車のBMWで会社まで送るジェイニーE

◆アンソニー、クーパー暗殺を断念

◆アンソニー、ブッシュネル社長に懺悔

【第14章】

◆ラスベガスFBIにゴードンからダギー情報収集の命令が下る

【第15章】

◆ラスベガスFBI、別のジョーンズ一家を逮捕

◆ダンカン・トッド、シャンタルに射殺される

◆ハッチ&シャンタル、バーガーを食べて火星を見つめる

◆クーパー、コンセントにフォークを差して感電

【第16章】

----- 9日目(10月2日) -----

◆ラスベガスFBI、クーパーの家に到着

◆入院しているクーパー

◆ハッチ&シャンタル、会計士に殺される

◆クーパー復活

◆ロドニー、黒電話でクーパーの依頼を快諾する

◆新車のBMWで颯爽とカジノに向かう

◆シルバーマスタングでのお別れ

◆リムジンでツイン・ピークスに向かう

【第17章】

◆ラスベガスFBI、クーパーの居場所を突き止める

◆ブッシュネル社長、ゴードンにメッセージを伝える

【第18章】

◆ダギーが家に帰る

 

ちょいと長過ぎてしまいましたが、これでわかり易くなったと思います。クーパーがダギーとして過ごした期間は約1週間であり、映画「FIRE WALK WITH ME」とうまいこと対になっています。そして、それが非現実の世界だと断言できるのが "フクロウ" の存在と "電話" でのやり取りです。この中で携帯やスマホでやり取りをしているのはダンカンとロレインとその手下、ラスベガスFBI、そしてブラッドリーが自家用機をチャーターしている時だけです。フクロウについては『The Return』の中で登場したのはラスベガスのみ。これは明らかにクーパー/ダギーが非現実の世界で仮想家族との愛を経験するためだけに造り出された世界であると読み取れるのです。

非現実と現実が交錯している世界ではありますが、それも『The Return』の特徴であり、内藤仙人さまの理論を拝借するなら「生と死の狭間の世界」であるから、現実が非現実に干渉することが可能なのです。ゴードンの言葉を借りるなら「現れたけど、現れなかった」世界。ローラの言葉を借りるなら「私は死んでいる、でも生きている」ということになります。そして、その理論が最終回のオデッサで爆発します。現実と非現実だけではなく、時も人も滅茶苦茶にミックスされている世界がオデッサなのです。映画「インターステラー」で10次元の世界が視覚化されていましたが、超ひも理論アインシュタイン相対性理論を下敷きにした物語という点で『The Return』も多次元の世界を映像化した作品だと言えるのです。そのヒントはヘイスティングスのホームページ「ゾーンを探して」にもここかしこに記されていました。要は次元の階層が幾重にも重ねられている世界なのです。その中で語られているのは「インターステラー」と同じ "愛" についてでした。

 

4.オデッサ

『The Return』の最大の謎が最終話のオデッサであることは間違いありません。前述したように第17章で終わっていれば上手い具合にループして物語もとりあえずまとまったように見えます。それがそうならなかったのは単純に "それでは物語が終わらない" から。なぜループで終わることができなかったのか。

発売された『ファイナル・ドキュメント』を読むと第17章の保安官事務所に到着した後、タミー・プレストン捜査官は一人ツイン・ピークスに残り、アルバート曰く "超多次元なクソ事件" の後始末をしていたようです。当事者が "超多次元" と言っている時点で、やはりいくつもの次元の階層があるということが明らかになったわけですが、ここで注意したいのが「青いバラ事件」が全ての根幹だということです。

ローラ・パーマー殺人事件、その1年前に起きたテレサ・バンクス殺人事件、そして、今回のルース・ダヴェンポートとニューヨークの殺人事件は全て「青いバラ事件」関連であるとされています。その肝心の事件内容については、タミーをチームに加入後、アルバートからほんのさわりを説明されただけでした。その要約は以下になります。

 ①事件は1975年ワシントン州オリンピアで発生

 ②ゴードンとフィリップが事件を担当

 ③ドッペルゲンガー、もしくはトゥルパが絡んでいる

 ④事件の容疑者はロイス・ダフィーという女性

 ⑤ブルーブック計画との関連性がある

この5つの事象とローラを含む4つの殺人事件の共通項を探ると、ある一つのものが見えてきます。それは "ウィンダム・アール" の存在です。これらをタイムラインに沿って、どうアールに繋がるのかを各項目ごとにひも解いていきますが、それは奇しくも第14章で消防士がアンディーに見せた幻視をひも解くことにもなります。

 

 A.ブルーブック計画

ウィンダム・アールはブリッグス少佐と同じようにブルーブック計画に参加していた人物であり、しかも驚くことにFBIにも同時に在籍していました。『The Return』の中でブリッグス少佐の存在がこれだけ重要視されていたにもかかわらず、それ以上に重要な人物が "失踪" の一言で片づけられているのは明らかにおかしいです。

旧シリーズの第27話を振り返ると、ブリッグス少佐はブルーブック計画の資料の中にアールの狂気を発見し夜も眠れなくなったと語っていました。そして、ブルーブック計画の調査を外される結果になった一つのビデオテープが再生されます。そこには若き日のアールの姿があり、彼はビデオの前でこう語っていました。

「これら悪の魔術師はダグパスと呼ばれ、悪のために悪を育む彼らは闇の中の化身で理屈など持たない。悪のみを求める純粋さが、それを培養するための秘密の場所を探り当てた。その結果、邪悪の力はさらに増した。その場所は実在し、中に入ることもその力を利用することもできる。さまざまな名で呼ばれるが最も一般的なのがブラックロッジ。信じないのか?頭がおかしいと?」

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※TWIN PEAKS Episode 27 より

この "ダグパス" という存在が『The Return』でいう "ジュディ" であることは疑いようがありません。そして、その存在の中心にいるのが "エクスペリメント" であることを消防士はアンディーに伝えています。全ての根源は "エクスペリメント" であり、それはマンハッタン計画が開いてしまった別次元への扉でもあったのです。アールはブルーブック計画在籍時にそれを知り、その諸悪の根源がツイン・ピークスにあるゴーストウッドの森にあることを既に調査済みでした。そして、それは "ボブ" を始め、別の世界から来た小さな男やウッズマン(木こり)、さらにはジャンピングマンにトレモンド夫人などの存在を造り出したと考えられます。

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※エクスペリメントが産み出した "恐怖" を象徴する卵は世界各地に散らばったと考えられる

 

 B.1975年の事件

ここが一番難しい所なのですが、第18章が放送された当時、僕はオデッサの出来事は全て1975年の青いバラ事件の再現ではないかと思っていました。リチャード=ウィンダム・アールが、キャリー=ジュディをいかにエクスペリメントが産まれた最南の町テキサス州ニューメキシコ州)から最北の町ワシントン州に運び出したかを描いていたと思っていたのです。しかし、これはあまりにも見当外れでした。

1975年当時、ウィンダム・アールはワシントンはワシントンでもD.C.の方でキャロラインと結婚したばかりであり、活動の拠点はもっぱらフィラデルフィアでした。しかし、ここで疑問点が出てくるのです。まずは『ファイナル・ドキュメント』に記されている問題の箇所をお読みください。

"クワンティコでの研修を歴史的な好成績で修了したアールは、1960年代の中頃に最初の任務に就き、長らくプロジェクト・ブルーブックとして知られてきた組織とFBIを結ぶ連絡係兼セキュリティ担当官を努めた。この間、ご存じのように彼はダグラス・ミルフォードと接触している(さらにこのあと、アールはあなた自身に指名されて青いバラ特捜チームのメンバーになるわけだが、ここで詳述するには及ばないだろう)。1973年、アールはウォーターゲート事件公聴会で..."

おわかりでしょうか。この文面の流れから見るとアールが青いバラ特捜チームに加入したのは「青いバラ事件」が発生する10年も前のことになります。この事から何が導き出せるかというと、アルバートが語っていた「青いバラ事件」は 、この不可思議な事象を調査するチームの一事件でしかなく、全ての発端ではなかったということです。チームの "名称" の発端は「青いバラ事件」で間違いなさそうですが、その本質というか根源はそれよりも10年も前に既に始まっていたのです。それは先述したように旧シリーズの第27話で語られていた "ダグパス" にまつわるものであり、ゴーストウッドの森から発生した何かであることをほのめかしています。

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※ダグパスである彼らには理屈が存在しない

 

 C.テレサ・バンクスとローラ・パーマーの共通点

旧シリーズの出発点が「インターナショナル版」であることは周知の事実であり、デイヴィッド・リンチの傑作と言われているのも、この妙なエンディングが後付された「インターナショナル版」であることも事実です。既にそこでテレサ・バンクスの事件は語られており、クーパーはローラ・パーマー殺害の犯人はテレサ事件と同一犯であると端から確信しています。そして "ボブ" が憑依したリーランド・パーマーが犯人であることもリンチ&フロストの中では最初から構想としてあったことがわかっています。

全てはデイヴィッド・リンチのその場その時の魔法のようなインスピレーションから生まれたものでした。ABCに売り込むためと、資金作りのためにワーナーがソフト化する条件として、急遽、あの病院の地下ボイラー室のシーンと赤い部屋の逆再生が一夜にして撮影されたのは今では伝説として語り継がれています。それは何年も構想を練り続けた結果、突発的にあふれ出た奇跡のような瞬間であったと思います。そして世の中の芸術作品が時として永遠の輝きを放つのは、そうしたどこから来たのかわからないインスピレーションを見事に捉えたものであるのです。

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※長らく絶版だったインターナショナル版は2007年発売の"TWIN PEAKS GOLD BOX"で約20年ぶりに復活した

「インターナショナル版」の魅力はABCに受け入れられ、その後のファースト・シーズンの大ブームは『The Return』を死ぬほど楽しみにしていたピーカーたちには説明不要ですよね。そして迎えたセカンド・シーズン、ウィンダム・アールは第9話でクーパーの宿敵として早くもアルバートの会話の中に登場しています。しかし、世の中はアールなんてどうでもよくて、誰がローラ・パーマーを殺したのかが知りたくてウズウズしていました。リンチ&フロストはギリギリまでそれに抵抗していたようですが、世論の圧力は相当だったようで、その結果が旧シリーズ第17話以降のグダグダ感です。

映画「FIRE WALK WITH ME」は今でいうビギニング系の奔りみたいなものですが、そこで初めて登場したテレサ・バンクスの左薬指には得体のしれない指輪が嵌められていました。そして、ローラ・パーマーもその指輪を巡って "ボブ" との決別を図りました。人それぞれ「フクロウの指輪」「緑の指輪」「翡翠の指輪」と呼び名が違いますが、映画版で明らかになったこの指輪がテレサとローラを結びつける重要なアイテムでした。そして、それは遥か昔、アメリカ北西部に住んでいたインディアンの一部族であるネズ・パース族の曾長からニクソン大統領にまで受け継がれていく指輪でもあったことが『シークレット・ヒストリー』には描かれていたのです。

前述のようにウォーターゲート事件に絡んでいたウインダム・アールが翡翠の指輪のことを知らないわけがありません。そして、チェット・デズモンド捜査官の動きはともかくとして、いちいちダイアンに報告をしていたクーパーの動きは全てアールに筒抜けだった可能性があります。そこからテレサとローラの事件に翡翠の指輪が関係し、"ダグパス" 絡みの存在まで浮き彫りになっていると知れば、旧シリーズの第21話以降のアール登場は必然だったと言えます。

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※ローラは2人の天使によって救済されたというのが映画「FIRE WALK WITH ME」での物語

 

 D.ヘイスティングスが開いたゾーンへの入り口

新シリーズ第18章の「◆赤い部屋(悪クーパーの消滅)」で語ったように、僕は悪クーパー=ウィンダム・アールだと思っています。それを前提としてこの後の話をしていきます。

旧シリーズで "ダグパス" を求め、そしてクーパーの魂と肉体、さらには "ボブ"とまで一体となったウィンダム・アールは巨大な犯罪シンジケートを組織立て、その後の25年を謳歌していたに違いありません。その牙城が崩れたのは、ある男の好奇心でした。ウィリアム・"ビル"・ヘイスティングス。このバックホーンという町の校長先生が、膨大な書物を読み解きインターネットを駆使して異次元の扉 "ゾーン" を開いてしまったことが『The Return』の全ての始まりだったのです。

ヘイスティングスが開いてしまった "ゾーン" という異次元の扉は、それだけでは意味を持ちません。彼ヘイスティングスが最も罪深いのは、25年前の悪クーパー/アールの襲撃から身を隠していたブリッグス少佐を "冬眠" から叩き起こしたことです。ヘイスティングスは第9章の号泣会見でこう語っていました。「彼は隠れていた」。単なる好奇心から、25年もの間ひたすら隠れていた少佐を叩き起こし、それが瞬時に悪クーパー/アールの網に引っ掛かったのです。そして、それはルース・ダヴェンポートの悲劇へとつながり、果てはエクスペリメントまで呼び起こしてしまったのでした。

その頃、フィリップ・ジェフリーズは悪クーパーと共にニューヨークのペントハウスにガラスの箱を設置していました。それは "ジュディ" の確保という共通の目的があったからであり、それ以外の事についてはお互いにそ知らぬふりをしていたようです。フィリップは時空を行き来できるということを悪クーパー/アールに明らかにせず、悪クーパー/アールも方々でブリッグス少佐を追い求めていたこと(ペンタゴンに報告された15回もの少佐の指紋は全て悪クーパー/アールによるもの)をフィリップには黙っていました。

ヘイスティングスの行動はロッジなどのあちら側の世界にも影響を及ぼします。ブリッグス少佐の存在が明らかになったことにより、フィリップは悪クーパー/アールと共にいる "ボブ" をロッジに呼び戻そうとしますが、これは跳ね除けられました。次にレイ・モンローを使い "ボブ" の始末を企てます。しかし、この結果も『The Return』で描かれていた通りです。

ロッジ内では長らく閉じ込められていたクーパーを現世に戻してまで、悪クーパー/アールの始末を企て始めますが、その行為はエクスペリメントを解放することになってしまいました。しかもダギー・ジョーンズによってドッペルゲンガー回収計画までが阻止されてしまったのです。

クーパーの現世回帰により解放されたエクスペリメントは、ニューヨークのサム&トレイシーを殺害し、その後の行方はまったくわからずじまいになっています。その前に、なぜクーパーがエクスペリメントを解放してしまったのか?ですが、ここで新シリーズの第2章を振り返ってみます。事の発端は赤い部屋が二重に乖離し始めた事と、進化した腕が「存在しない」と叫びながらクーパーを次元の海に突き落としたことです。次元の海を落ちていくクーパーが辿り着いたのがニューヨークのガラスの箱でしたが、この時にエクスペリメントが現世に現れる道筋を作ってしまったのではないかと思うのです。

このようにヘイスティングスの行動はあらゆる方向に影響を与え、結果として25年ぶりにクーパーが現実に帰還、悪クーパー/アールは業火に焼かれることとなったわけです。ヘイスティングス自身も悲劇に見舞われ、彼の周辺人物たちもことごとく悲劇的な最期を遂げています。そして、物語は時空と魂が混沌とするオデッサへとなだれ込みます。

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※『The Return』で語られた英雄はこの "純真な心" を持つ夫婦であった

 

先述したように第18章の放送時、僕はオデッサのシーンは青いバラ事件の再現だと思っていました。とは言っても、時代も違えば場所も違うのはもちろん重々承知なのですが、それでもなぜそう思ったのかはラスベガスの項目で説明したように、ここで描かれていることが一つの次元ではないからでした。

そこで消防士がアンディーに見せた幻視に立ち返りたいと思うのですが、エクスペリメントの誕生からブレナン夫婦の活躍までを時の流れに沿って一直線で消防士は描いていました。

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この流れがツイン・ピークスの全てであり、これが正式なタイムラインとなります。とすると、やはりキャリー・ペイジの家の庭に立つ電信柱が物語の帰結地点になるのです。

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では、この6の電信柱が意味するところはなんなのか?というのが論点になりそうなのですが、よくよく見ると、もともとはモノクロだった6の電信柱は徐々に色づいていき、最終的にカラーの映像に切り替わります。この切替わりは全部で3段階になります。6が3つは素直に考えると「666」になりますので、聖書で言う悪魔を現わすことになります。さらにモノクロ・カラー・ハイビジョンと捉えると、これは3つの時代を表現しているのではないかとも思うのです。この3つの時代、ウッズマンが奇怪な事件を起こした1960年代、ローラ・パーマーを巡る1990年代、クーパーが精神的巡礼をした2010年代が混然としている世界、それがオデッサではないかと。

全ての時代が並行して存在しているため、キーレスの高級車とブラウン管のテレビが同時に存在し、新聞には風力発電の開発が報じられ、ダイナーの壁には古びた70年代の看板がさも最新の流行のように掲げられているのです。オデッサの標識には2010年の国勢調査による人口数が表示され、キャリー・ペイジの家に置かれているスティックタイプの掃除機は1990年代の最新型のようです。この「時代が混然としている世界」を "夢" の具現化と片づけるのはとても容易いのですが、リンチが描こうとしていたのはそういう画一的なものではないと思います。夢であり現実でもある世界。もっと言えば、そんな夢とも現実ともつかない世界が僕らが今生きている "現代" ではないのか。そんな強烈なメッセージが作品から聞こえてくるのです。

そこではクーパーはクーパーでなくなりリチャード捜査官として、ダイアンはリンダとして自ら身を引いた世界。ローラはキャリー・ペイジとして腐敗し始めた死体と生活し、セーラ・パーマーの存在は消滅、トレモンド夫人が取って代わって何事もない一般的な生活を過ごしていました。ここには魔術的な存在はなく、風にざわめく不気味な森の姿もありません。僕らは "電気" という名の "火" に骨の髄まで浸かりながら生活をしていて、それなしで生きていくことは今や不可能なのです。『The Return』のラストシーンはリンチのそんな現代に対しての一つの解答なのではないかと思うのです。

 

5.オードリー・ホーンの物語

『ファイナル・ドキュメント』が発売される前は未だ昏睡状態から覚めていないオードリーが、ロードハウスに行くことによって昏睡状態から目覚めた、そんな流れが妥当ではないかと思っていました。しかし、マーク・フロストの裏設定によると、半分は合っていて半分は間違っている、そんなニュアンスに取ることができます。何が合っていて、何が間違っていたのか。

【間違っていた点】

①銀行爆発事件の3週間半後には目覚めていた

②ジャックとの記憶を一切なくしている

③チャーリーとの結婚は事実

【合っていた点】

①リチャードを産んだ

②未だに消息不明

③ロードハウスが何かからの目覚めであった

オードリーについては第12章の考察で触れましたが(ツイン・ピークス The Return 考察 第12章 不機嫌な薔薇たち)、その後もあまりにも情報が少なく途方に暮れてはいました。そこでの『ファイナル・ドキュメント』ですが、これはもう『The Return』で描かれていたのはあちらの世界としか言いようがありません。また、先の第12章の考察で取り上げた三人の登場人物、セーラ・パーマー、ダイアン・エヴァンス、オードリー・ホーンには自分でもビックリするぐらいの共通点がありました。それは「アルコール依存症」。つまり常に酩酊状態にあり、現実から乖離した存在であるということ。そして、何かしらの精神疾患を抱えているのではないかということです。さらにはセーラはトビガエルが、ダイアンとオードリーは悪クーパー/アールに何かしらの危害を加えられた疑いがあります。これはスター・ウォーズ的に言えば "ダークサイド" に落ちた、もしくは故意に引きずり落とされたということになります。その結末についてリンチはいつものごとく多くを語らず、全権を視聴者の想像に委ねています。

そんな訳で僕的な解釈をするならオードリーの物語は以下になります。

銀行爆発事件の後、昏睡状態から目覚めたオードリーは自分が妊娠していることを知る。その父親は明らかにジャックことジョン・ジャスティス・ウィーラーなのだが、オードリーは彼の記憶を失くしており、夢見ていたクーパー捜査官がその父親であると確信している。その後、グレート・ノーザンを離れ、オードリーはひとりでリチャードを産んだ。その後、シングル・マザーとしての人生を謳歌していたが、あるタイミングで一人の男が現れる。彼はチャーリー、職業は会計士だった。タミー・プレストン捜査官の調査により、彼女らの結婚は明らかに金銭目的であったとされている。夢見がちな少女であったオードリーが、シングル・マザーという現実に疲れ果てた結果が、愛のない結婚生活ではなかったかと想像する。その荒みきった生活が『The Return』で描かれていたものであり、思春期を迎えたリチャードにも多大な影響を与えた。そして、今から4年前、突然この夫婦は消息を絶ってしまう。僕が思うに、見るに見かねたチャーリーが、オードリーを施設に預けたというのが筋ではないかと思う。アルコール依存症の患者は、それ以上悪くならないようにすることはできるが、良くなることはまずないという。そんな施設の中でアルコールを絶ったオードリーは幻覚に悩まされるようになり、それはいつ終わるともしれない悪夢だった。憧れのクーパー捜査官を想いながら音楽に身を委ね、幻覚から目覚めて現実に失望し、また幻覚の世界に逃げていく。オードリーは幻覚の中で永遠にビリーを探し求め、永遠にクーパーに憧れ続け、永遠に現実に失望し続けている。しかし、その悪夢でさえ、オデッサの消灯により全てが無に帰ったのだった。